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by Yue | 2008-08-20 | | top
高松塚古墳解体のまとめ [2007.04.10 - 勝手に奈良学]

最終更新: 07.7.26(最新更新部分は文頭に「■」をつけています)


 先日から石室解体が行われて注目の的となっている高松塚古墳の情報を、無事の解体を願うありったけの想いを込めて、このエントリにて随時更新していきたいと思います。
 関係者の皆様方も、高松塚古墳石室も壁画も、みんなみんな頑張れ。



高松塚古墳とは

 奈良県明日香村にある古墳。
 1972年3月に行われた発掘調査で壁画が見つかり、日本初の壁画古墳の発見として大騒ぎに。
 壁画には四神(朱雀は盗掘により失われている)の他に、男子群像・女子群像、星宿図が描かれており、他国との交流があったことを物語っている。

 墳丘の直径は23m。築造時期は8世紀初頭と推測される。(大きさ・時期が類似しているものとして、同明日香村のマルコ山古墳がある)
 2005年2月には「円墳」であることが確認された。

 被葬者は特定されていないが、石上麻呂(いそのかみの-まろ=元明・元正天皇期の左大臣、物部氏系豪族、78歳での死去後に従一位を贈られる)が有力視されている。理由は以下箇条書き。
 ・円墳は豪族を埋葬する際に造られていた可能性が高い
 ・埋葬人骨が50才以上の男性とみられている(人骨は1972年に発見)
 ・石室内の壁画に描かれている男子群像の一人が、“一位”を表す深緑色の蓋(きぬがさ=儀式等に用いる傘)を持っている



石室解体の予定手順

 「天井石→側石」、「北側→南側」がキーワード。

 一番最初に北側の天井石を取り外し(07.4.5完了)、次はそれによって取り外し可能となった側石を取り外す。
 同じような手順をもって「天井石→側石」の流れで取り外しながら、徐々に南側へと作業を移していき、石室解体を完了させる予定。
 1週間に1枚の割合で取り外しが行われる予定となっているが、取り外された石材の状態によっては遅れる場合もあるらしい。(状態が悪ければ緊急手当てをしなければならないため)
 

■次の取り外し予定
 残る4枚の床石は、7月末の取り出し予定
   →8月後半に変更



高松塚古墳石室解体の流れ
(以下に表記する日付の大半は“報道公開された日”なので、作業日・発見日とはズレが生じている場合がある)

05.6 / 壁画保存のための石室解体を決定
 現状のままでは壁画の保存が難しいと判断し、石室解体をして壁画の修復に当たるという、過去に例を見ない決断を下す。
 この決定については賛否両論が飛び交い大騒ぎとなった。

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06.10.27 / 墳墓から松の根の跡を発見
 「高松塚」と命名されるきっかけとなった江戸期の松の木の根跡を発見。
 命名理由が「高い塚の松」なのか「塚の高い松」なのか「松の高い塚」なのか「高の塚い松」なのかは不明。最後の候補だったらちょっと面白いが。

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07.3.6 / 1300年ぶりに姿を表した天井石を公開
 天井石に新たな亀裂が見つかり、取り外しの際に崩壊してしまう恐れもあると関係者がてんやわんや。
 また、北端の天井石の大きさが予想と違い、石を持ち上げるための機材が使えないかもしれないという「予想外デス」な事態に。
 この北端の天井石は4月5日に取り外しが行われる、記念すべき“取り外し第1号”になる予定。

07.3.13 / 壁画修復作業を行う施設が完成
 防犯カメラ、有機溶剤排出管、二重壁、紫外線遮断の蛍光灯などが完備されている、ハイテク施設。
 高松塚古墳からは750mほど離れた場所にあり、壁画たちはここで10年近く療養することになる。

07.3.29 / 床石以外の石室を公開
 3月6日に天井石のみの公開が行われてから、更に1.6mを掘り下げ、天井石を加え、床石を除く側石と北・南壁を露出させた。
 側石は東西それぞれに3枚ずつ並べられており、高さ約113cm、幅76〜107cm、厚さ40〜51cmと判明。
 北壁は石が一枚ながら厚さが均等ではなく、35〜43cm。
 南壁の厚さは、これまた均等ではなく、45〜49cm。

07.4.5 / 石室の解体作業が始まる
 前例のない石室解体作業がいよいよ始まり、無事に北端の天井石の1枚が取り出された。
 この後、1週間に1枚の割合で取り外しが行われる予定。
 この日運び出された石は、本来ならばこの日のうちに施設に落ち着く予定だったが、予想以上にカビが付着していることが判明。急遽予定を変更し、修理室の手前にある搬入室にて数日間にわたってカビ除去作業を行うことが決まった。
 取り外された石があった場所にはシートをかぶせ、石室内の環境を保たせている。

07.4.7 / 応急カビ除去作業終了。「玄武」壁画取り外しの準備作業本格化
 5日に取り出され、搬入室にてカビ除去の応急処置が行われていた“取り出し第一号”の天井石が、無事に作業室へ移った。この後10年近くをここで過ごす予定。
 また、「玄武」が描かれた北壁を4月中旬に取り外す予定で、その準備の作業が本格化し始めた。

07.4.11 / 「玄武」の北壁全面が露出
 来週に取り外しが予定されているのを前に、表に「玄武」が描かれている北壁周辺の土を取り除き、石材を露出させた。
 石材の裏は黒カビでほぼ全面にわたって汚れており、研究者もビックリ。この古墳壁画を脅かしたカビの温床の一つではないかと推測されている。

07.4.17 / 「玄武」の北壁、取り外し完了
 11日に続き、取り外し2例目。
 壁画が描かれている石材としては初めての作業であったが、無事に終了した。
 カビが付着しているものの、状態は良好で、特に緑色が鮮やかに残っているとのこと。
 カメとヘビの顔が失われているが、これは発見当初からその状態だったらしい。

07.4.25 / 北から2番目の天井石、取り外し成功
 天文図が描かれた石材。石に大きなヒビが入っていて持ち上げの際の破損が危惧されており、関係者の方曰く「最も難しい解体」だった。
 作業は無事に終了、目立った損傷も無く、取り外しが完了した。
 この天井石が取り外されたことにより、有名な壁画「飛鳥美人(女子群像)」などが見えるようになった。

07.5.12 / 「飛鳥美人」壁画、無事取り外し成功
 有名な壁画「飛鳥美人」が描かれた西壁北端石の取り外しが行われた。持ち上げ中に不安定に揺れて場が凍りついた一瞬もあったが、破損無く無事に完了した。
 「飛鳥美人」の保護のため、石材表面には半透明・乳白色のレーヨン紙が二重に貼られており、取り外し作業を間近で見ていた報道陣の目からは壁画を確認することが困難だったらしい。
 翌日13日に行われたマスコミ公開時もレーヨン紙が貼られたままで、更に公開時間は5分という徹底ぶりだったらしい。
 「飛鳥美人」はこれから10年かけて修復されるという。

07.5.17 / 「女子群像」が描かれた東壁、取り外し成功
 壁画「女子群像」が描かれている東壁の取り外しが無事に完了した。
 既に取り外されている他の石材に比べてカビが少なかったことなどから、カビ除去作業はスムーズに進み、翌18日には作業室へ移された。この部屋で本格的な修理が行われる予定。
 ちなみにこの「女子群像」が描かれた石材は、12日に取り外された「飛鳥美人」の向かい側に位置していた。

07.5.18 / 取り外し順の変更を発表
 取り外し第9号に予定されていた南端天井石を、第7号へと繰り上げることが発表された。(現時点では第5号まで取り外し完了)
 この天井石は大きな亀裂が入っており、周囲の石材の取り外しで起こる微妙なバランスの変化などによって大きな負担がかかってしまう恐れがあるため。
 当初は「天井石1(亀裂のある天井石の横の天井石)→天井石1の東・西壁→天井石2(亀裂のある天井石)→天井石2の東・西壁」の予定だったが、変更後は「天井石1→天井石2→天井石1の東・西壁→天井石2の東・西壁」となる。

07.5.23 / 次の取り外し予定の天井石に大きな亀裂発見、取り外し時に石材破損の恐れも
 28日に取り外しが予定されている取り外し第6号の天井石で、新たな大亀裂が見つかった。
 これ以外に以前から見つかっていた大亀裂も存在しており、どちらも亀裂が深く、取り外し時に石材の破損が起こり兼ねない状態に。
 これに伴い、取り外しに使う機材も変更。10本の脚でがっしりと石材を包み込むように持ち上げる、「オクトパス」(=タコ)と名づけられた新兵器が登場する予定。

07.5.28 / 亀裂にめげることなく、取り外し第6号の天井石が無事に取り外し完了
 東アジア現存最古の「天文図」が描かれている南から2番目の天井石の取り外しが、新機材「オクトパス」によって無事に完了した。
 30〜50cmもの大亀裂が5本以上見つかっているという厳しい状態ではあったが、漆喰の剥落もなく、石材の破損もなかった。

07.5.30 / 最後の天井石、取り外し完了
 取り外し第7号となる南端の天井石の取り外し作業が無事に終わった。
 大きな亀裂が南北に走っていたが、石材の破損等はなかった。
 この石材には壁画は描かれていない。

07.6.7 / 四神「青龍」が描かれた東壁、取り外し完了
 四神のうち「青龍」が描かれている東壁が、無事に取り外された。取り外し第8号。
 石材は底の部分が脆くなっており、崩れる可能性もあったが、何事もなく作業は終了した。
 5月12日の「飛鳥美人」取り外しの際と同様に「青龍」にも薄手のレーヨン紙を貼って保護した。

07.6.14 / 四神「白虎」が描かれた西壁の取り外しが成功
 四神「白虎」が描かれている西壁中央の石材の取り外しが無事に終わった。取り外し第9号となる。
 またこの日の調査で、15日に取り外し予定の南壁に大きな亀裂があることが分かった。この石材はもともと盗掘口の穴が開いており、取り外しの際の損傷が懸念されている。
 他の壁画と同じく、「白虎」も特殊レーヨン紙で保護されており、はがされるのは19日になるとのこと。

 同日、「男子群像」が描かれている南端の東西壁の取り外しをそれぞれ、22日、26日にに行うとの発表があった。
 この2つの取り外し完了後は、床石の4枚だけが残ることとなる。(この4枚も7月中に取り外し予定)

07.6.15 / 盗掘口のある南壁、取り外し完了
 前日の「白虎」壁画の石材に続き、南壁の取り外しが無事に完了した。
 盗掘口や亀裂などから損傷も心配されたが、大きな異常もなく修理施設へと搬入された。

07.6.21 / 「“幻の朱雀”の顔料!?……いやいや、落ち着け自分。」
 21日、南壁の下に敷かれている床石に、赤い顔料が無造作についていることが分かった。
 顔料は水銀朱で、当時壁画を描いた画工が床石の3箇所にポタポタとこぼしてしまったらしい。
 発見当初、幻の壁画・朱雀(高松塚古墳の朱雀は盗掘により失われている)の顔料ではないかということで現場は色めき立ったが、見つかった場所などを考慮して冷静に考えると、朱雀の顔料という可能性は低いという。

07.6.23 / 取り外し11号となる「男子群像」が描かれた東壁、取り外し無事終了
 22日、「男子群像」壁画が描かれた石材のうち、東壁の取り外しが無事に終了した。
 水分を多く含んでいたため作業には慎重を要したが、破損もなく運搬されていったという。
 残るは26日取り外し予定の西壁「男子群像」で、この作業の後はしばらく間が空くことになる。

07.6.26 / 取り外し12号の西壁「男子群像」、取り外し完了。作業一段落へ
 26日、「男子群像」壁画が描かれた西壁の取り外し作業が無事に終了した。
 これにより、国宝に指定されている石材の取り外し作業は全て完了したことになる。
 残す4枚の床石の取り外しは未定。

 4月から始まったこれまでの作業は困難を要し、変更を余儀なくされたことも多かったが、石材の損傷等は全くなかった。
 世界的にも類を見ないこの古墳の石室解体作業は、関係者の方々の尽力で無事に一段落を迎えた。
by Yue | 2007-04-10 | 勝手に奈良学 | trackback | comment(0) | top

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