中倉の創建年代がほぼ確定 [2006.08.22 - 奈良ニュース]
正倉院は奈良時代に造られたと見て間違いありませんよ!というのがほぼ確定したようです。何の奇遇か、今年で創建1250年!……ぐらい、としておきましょうか(笑)
「一棟三倉形式」の「三倉(北倉、中倉、南倉)」とは何ぞや?と思ったので、調べてみました。
要はこういう分け方です↓(写真クリックでFlickr(写真アップロードサイト)へ移動し、少し大きめの写真を見ることができます)

私が撮った写真なので見辛いですが、よくよく見ると確かに3つに分かれてます。そして両側に比べると、確かに中央の部分は少し造りが違う感じ。両側が「校倉造り」で中央だけが「板倉造り」というのは、こういうことなんでしょう。
要は、中央だけ造りが違うのは後世に造り直されたからではないかという疑問があったけれど、今回木材を調べてみると、中央も両側と同じ時期に造られたことが判明した、ということです。
記事内で「(正倉院は)756年ごろの創建とされる」と書かれてますので、東大寺の大仏殿が完成した5年ほど後になるのでしょうか。756年という年は、「正倉院と言えば……」と尋ねられればすぐに出てくる「聖武天皇」の崩御の年でもあります。
宮内庁が正倉院サイトを開設していると知って、訪ねてみました(エントリ下部の「参考リンク」参照)。
色んな宝物を綺麗な写真で見ることができて大感動しました。この子たちはみんな完成したばかりの正倉院を知ってるんだなぁと思うと、思わず頬が緩みます。1250年間お疲れ様でした。まだまだこれからも頑張ってくださいね。との思いを込めて、エントリを締めくくります。
参考リンク
・宮内庁: 正倉院ホームページ
正倉院創建年代調査についての結果詳細は、「トップ>正倉院紀要閲覧>第28号 / 年輪年代法による正倉院正倉の建築部材の調査(2)(光谷拓実)Mitsutani」で見ることができます。
該当ページはPDFファイルなのでリンクは控えます。
正倉院創建から「一棟三倉形式」…部材の年輪測定で判明 (YOMIURI ONLINE / 06.8.20)
奈良市の正倉院の宝庫「正倉」(国宝)が、奈良時代の創建当初から北倉、中倉、南倉に仕切られた、現在の「一棟三倉形式」だったことが、部材の年輪年代測定で判明した。北倉と南倉が有名な「校倉(あぜくら)造り」なのに対し、中倉は東西に壁板をはめた「板倉造り」なため、後世の増設とする説もあったが、今回の測定により、長年の論争にほぼ決着がついた。
(中略)
光谷室長は「現在の一棟三倉形式の正倉が、創建当初の建物だと裏付けられた。論争に決着をつけた意義は大きい」としている。
「一棟三倉形式」の「三倉(北倉、中倉、南倉)」とは何ぞや?と思ったので、調べてみました。
要はこういう分け方です↓(写真クリックでFlickr(写真アップロードサイト)へ移動し、少し大きめの写真を見ることができます)

私が撮った写真なので見辛いですが、よくよく見ると確かに3つに分かれてます。そして両側に比べると、確かに中央の部分は少し造りが違う感じ。両側が「校倉造り」で中央だけが「板倉造り」というのは、こういうことなんでしょう。
要は、中央だけ造りが違うのは後世に造り直されたからではないかという疑問があったけれど、今回木材を調べてみると、中央も両側と同じ時期に造られたことが判明した、ということです。
記事内で「(正倉院は)756年ごろの創建とされる」と書かれてますので、東大寺の大仏殿が完成した5年ほど後になるのでしょうか。756年という年は、「正倉院と言えば……」と尋ねられればすぐに出てくる「聖武天皇」の崩御の年でもあります。
宮内庁が正倉院サイトを開設していると知って、訪ねてみました(エントリ下部の「参考リンク」参照)。
色んな宝物を綺麗な写真で見ることができて大感動しました。この子たちはみんな完成したばかりの正倉院を知ってるんだなぁと思うと、思わず頬が緩みます。1250年間お疲れ様でした。まだまだこれからも頑張ってくださいね。との思いを込めて、エントリを締めくくります。
参考リンク
・宮内庁: 正倉院ホームページ
正倉院創建年代調査についての結果詳細は、「トップ>正倉院紀要閲覧>第28号 / 年輪年代法による正倉院正倉の建築部材の調査(2)(光谷拓実)Mitsutani」で見ることができます。
該当ページはPDFファイルなのでリンクは控えます。



COMMENT