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by Yue | 2008-08-20 | | top
今年もありがとうございました [2006.12.30 - 独り言]
2006年、色々とお世話になりました。
このブログを始めて1年9ヶ月が経ちましたが、「まだそんだけ!?」と感じる今の気分は、自分でも随分と不思議です。
時期によって濃淡があったことは否めませんが、1年9ヶ月の中身がそれだけ充実していた証拠なのだろうと思います。
学問的な部分も多く学びました。まだまだ精進です。ボソッ。
けれどそれ以上に、「奈良」、そして「歴史」と向き合う自分の姿勢が、根本から変わりました。
個人的に目指すところは「奈良マニア」ではなく「奈良ファン」。
「歴史マニア」ではなく「歴史ファン」。
気軽に、気楽に、歴史を「堅苦しいもの」と感じすぎない、感じさせない程度に。
今の自分が「奈良」や「歴史」を一番楽しむことのできる立ち位置は、今いる場所だと思っています。
これから先、もう少し進化して、チビチビと専門分野へ目を向けることになるかもしれませんが、それはまた別の個人的な話。
このブログで「気軽に、気楽に」奈良を感じていただきたいなと思う気持ちは、これからも変わりません。
最後に、普段は自分語りを控えているのですが、このブログのスタンスみたいなものを記しておこうかと思います。
私は奈良至上主義ではありませんし、そうはなりたくないと思っています。
ブログ内で奈良と他の土地とを比較する場合がありますが、それは奈良の特色を浮き立たせるためであり、「優劣」を意識してのことではありません。
奈良に「奈良ならでは」の良さがあるのと同じように、他の土地には他の土地なりの良さがあります。
それを卑下する気は毛頭ありません。
奈良の全てを肯定する気も毛頭ありません。
「勝ち」「負け」などという言葉ではなく、もっと素直に、多角的に、それぞれが持つ歴史や魅力を感じていけたらと思っています。
私がこのブログを通して目指すのは、例えば「奈良の大仏さまって、山口県産の銅でできてるらしいよー」、「鑑真さんって奈良時代に中国から来た有名な人だけどさぁ、最初は鹿児島県に上陸したらしいよー」のような、軽い感じ。
奈良から別の場所へリンクが広がったり、逆に奈良が何かのリンクに含まれていたり。
そういうもので、ただ偶然このブログを通りがかった方にも、何気なく「へぇ」と感心していただけたら、それは私にとって最高の一瞬です。
そして、そんな気軽なところから奈良やそれ以外の場所への興味を更に持っていただけたら、それは一奈良県民としてもすごく嬉しく思います。
そしてそして、そのきっかけを知るきっかけ(ややこしいな)がこのブログだったら、更に更に更に嬉しく思います。狂喜乱舞です。
「学ぶ」ではなく「楽しむ」。
学生を終えて9ヶ月経った今、自分に一番合う歴史との向き合い方をようやく体得し始めました。
少々遅すぎた感じもしますが(げふん)、まだまだこれから。
もっと奈良を知って、奈良から張られるリンクを辿って世の中のことももっと知るのが、今の自分の目標です。
来年も今年と同じようなスタンスで、時には面白おかしく、時には奈良ラブ光線を発し、時には奈良に大笑いし、たまには真面目にブログを書いていけるよう、頑張ります。……ん?たま?
今年1年ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
ではでは、今年最後のエントリとさせていただきます。
このブログを始めて1年9ヶ月が経ちましたが、「まだそんだけ!?」と感じる今の気分は、自分でも随分と不思議です。
時期によって濃淡があったことは否めませんが、1年9ヶ月の中身がそれだけ充実していた証拠なのだろうと思います。
学問的な部分も多く学びました。まだまだ精進です。ボソッ。
けれどそれ以上に、「奈良」、そして「歴史」と向き合う自分の姿勢が、根本から変わりました。
個人的に目指すところは「奈良マニア」ではなく「奈良ファン」。
「歴史マニア」ではなく「歴史ファン」。
気軽に、気楽に、歴史を「堅苦しいもの」と感じすぎない、感じさせない程度に。
今の自分が「奈良」や「歴史」を一番楽しむことのできる立ち位置は、今いる場所だと思っています。
これから先、もう少し進化して、チビチビと専門分野へ目を向けることになるかもしれませんが、それはまた別の個人的な話。
このブログで「気軽に、気楽に」奈良を感じていただきたいなと思う気持ちは、これからも変わりません。
最後に、普段は自分語りを控えているのですが、このブログのスタンスみたいなものを記しておこうかと思います。
私は奈良至上主義ではありませんし、そうはなりたくないと思っています。
ブログ内で奈良と他の土地とを比較する場合がありますが、それは奈良の特色を浮き立たせるためであり、「優劣」を意識してのことではありません。
奈良に「奈良ならでは」の良さがあるのと同じように、他の土地には他の土地なりの良さがあります。
それを卑下する気は毛頭ありません。
奈良の全てを肯定する気も毛頭ありません。
「勝ち」「負け」などという言葉ではなく、もっと素直に、多角的に、それぞれが持つ歴史や魅力を感じていけたらと思っています。
私がこのブログを通して目指すのは、例えば「奈良の大仏さまって、山口県産の銅でできてるらしいよー」、「鑑真さんって奈良時代に中国から来た有名な人だけどさぁ、最初は鹿児島県に上陸したらしいよー」のような、軽い感じ。
奈良から別の場所へリンクが広がったり、逆に奈良が何かのリンクに含まれていたり。
そういうもので、ただ偶然このブログを通りがかった方にも、何気なく「へぇ」と感心していただけたら、それは私にとって最高の一瞬です。
そして、そんな気軽なところから奈良やそれ以外の場所への興味を更に持っていただけたら、それは一奈良県民としてもすごく嬉しく思います。
そしてそして、そのきっかけを知るきっかけ(ややこしいな)がこのブログだったら、更に更に更に嬉しく思います。狂喜乱舞です。
「学ぶ」ではなく「楽しむ」。
学生を終えて9ヶ月経った今、自分に一番合う歴史との向き合い方をようやく体得し始めました。
少々遅すぎた感じもしますが(げふん)、まだまだこれから。
もっと奈良を知って、奈良から張られるリンクを辿って世の中のことももっと知るのが、今の自分の目標です。
来年も今年と同じようなスタンスで、時には面白おかしく、時には奈良ラブ光線を発し、時には奈良に大笑いし、たまには真面目にブログを書いていけるよう、頑張ります。……ん?たま?
今年1年ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
ではでは、今年最後のエントリとさせていただきます。
パソコンから響く除夜の鐘 [2006.12.28 - オモシロ奈良]
100%奈良情報ではありませんが、奈良チックな雰囲気を感じることもできるオモシロサイトを発見したのでご紹介。
産経デジタルの年末年始企画として、Web上で鐘の音が聞けるサイトが誕生しました。
叩けば鳴ります除夜の鐘 (産経デジタル 製作)

全国11ヶ所のお寺の梵鐘の音を録音し、それをWeb上で公開しているという、何ともハイカラな企画です。
梵鐘もまさか自分の音色がインターネットで公開されるとは思ってもなかっただろうに。
奈良からは薬師寺の梵鐘がエントリ。
ゴーンという荘厳な音を響かせてくれています。
薬師寺の梵鐘の音色を聞いた後、京都の東寺の梵鐘の音色を聞いてみてください。
「うぇぇ!」とビックリします。
鐘の音って、本当に色々なのですねぇ……と感心。
以下、豆知識をチョロッと。
全国各地の寺院の梵鐘には、「世界三大美女」と同じような感覚で「日本三大名鐘」というものがあります。
「勢の東大寺(代わって「銘の神護寺」の場合も)」、「姿の平等院」、「音の園城寺」が、三大美女……ではなく、三大名鐘。
「音の園城寺」の梵鐘の音色は残念ながらこのサイトに載っていませんが、パソコンというハイテクものから鐘の音というアナログものが聴こえてくるのは、なんだか不思議な感じです。
「鐘の音を聞く」ボタンをクカカカカ!と連打しまくると、パソコンのスピーカーがハウリングするので、控えましょう(笑)
……こんなことするのは私だけですか。
それにしても、薬師寺は公式サイトの創り込み具合からして「Web慣れしてらっしゃるなぁ」と感じていたのですが、こんな企画にも楽しげに参加してらっしゃる様子に感動です。
新しいものにもどんどんと目を向けようとするお姿に乾杯!
関連リンク
・薬師寺公式サイト
産経デジタルの年末年始企画として、Web上で鐘の音が聞けるサイトが誕生しました。
叩けば鳴ります除夜の鐘 (産経デジタル 製作)

全国11ヶ所のお寺の梵鐘の音を録音し、それをWeb上で公開しているという、何ともハイカラな企画です。
梵鐘もまさか自分の音色がインターネットで公開されるとは思ってもなかっただろうに。
奈良からは薬師寺の梵鐘がエントリ。
ゴーンという荘厳な音を響かせてくれています。
薬師寺の梵鐘の音色を聞いた後、京都の東寺の梵鐘の音色を聞いてみてください。
「うぇぇ!」とビックリします。
鐘の音って、本当に色々なのですねぇ……と感心。
以下、豆知識をチョロッと。
全国各地の寺院の梵鐘には、「世界三大美女」と同じような感覚で「日本三大名鐘」というものがあります。
「勢の東大寺(代わって「銘の神護寺」の場合も)」、「姿の平等院」、「音の園城寺」が、三大美女……ではなく、三大名鐘。
「音の園城寺」の梵鐘の音色は残念ながらこのサイトに載っていませんが、パソコンというハイテクものから鐘の音というアナログものが聴こえてくるのは、なんだか不思議な感じです。
「鐘の音を聞く」ボタンをクカカカカ!と連打しまくると、パソコンのスピーカーがハウリングするので、控えましょう(笑)
……こんなことするのは私だけですか。
それにしても、薬師寺は公式サイトの創り込み具合からして「Web慣れしてらっしゃるなぁ」と感じていたのですが、こんな企画にも楽しげに参加してらっしゃる様子に感動です。
新しいものにもどんどんと目を向けようとするお姿に乾杯!
関連リンク
・薬師寺公式サイト
奈良検定基本情報更新 [2006.12.28 - 奈良検定]
奈良検定基本情報エントリを更新しました。
更新箇所は、検定テキストの正誤表の関連部分。
つい一昨日に奈良商工会議所サイト上で更新された情報のようです。
詳細は上記エントリでご確認ください。
コメントにて情報をいただきました、ありがとうございました!
更新箇所は、検定テキストの正誤表の関連部分。
つい一昨日に奈良商工会議所サイト上で更新された情報のようです。
詳細は上記エントリでご確認ください。
コメントにて情報をいただきました、ありがとうございました!
朝日新聞「2006年考古学総括」 [2006.12.28 - 奈良ニュース]
朝日新聞の記事、全国版に載っているかどうかも分からない、奈良の話題だけではない……などなど、限られた方にしかご利用いただけない情報かもしれませんが、個人的に楽しかった(?)ので、ご紹介。
昨日12月27日水曜日の朝日新聞朝刊24面(関西版の場合)に、「2006年 考古学総括」と銘打たれた一面記事があります。
その名の通り、今年話題になった考古学ニュースや、今年新たに出土した古墳・文化財などが、12か月分パパパーッと並べられている記事。
奈良が好きな方や考古学にちょっとでも興味のある方には、気軽・気楽に読めるので分かりやすくて楽しいのではないでしょうか。
いや、私が楽しかっただけなのですけども……(笑)
あまりに「奈良!奈良!」言うのは控えようと最近は思うのですが、それにしても、「奈良時代のものと思われる……」ような出土品が、奈良県内だけじゃなくて全国各地から見つかっていることがこの記事から伝わってきて、すごいなぁとただただ思います。
ちなみにこの記事に掲載されている「今年出土した遺跡等シリーズ」の表は、有名どころを選んで書かれているものと思われます。
個人的に(別の意味でも)はしゃいだ、西大寺の食堂院跡から見つかった「伊賀栗木簡」(2006.11.21付けエントリ)の情報は掲載されてませんでした。
伊賀栗は選出から外れたかー……(笑)
いや、伊賀栗以前に、西大寺食堂跡が出土した話題(2006.10.7付けエントリ)も書かれていないようです。
さすが、全国を視野に入れると記事になるレベルが高くなりますね……と妙なところで感心。
それにしても、奈良に限らず、日本の地面は宇宙ですね!掘れば何でも見つかる!
私には子供の頃からその遺伝子が組み込まれていたんでしょうか、幼稚園の頃に「何か見つかるかも」と思って家の庭を掘ったら、水道管にぶつかって母にえらく怒られたことを思い出しました。
我が家の出土品は水道管!
……ということで、面白い記事があるので、よろしければ読んでみてくださいエントリでした。
最近こういうグダグダな締めが多すぎる……(遠い目)
昨日12月27日水曜日の朝日新聞朝刊24面(関西版の場合)に、「2006年 考古学総括」と銘打たれた一面記事があります。
その名の通り、今年話題になった考古学ニュースや、今年新たに出土した古墳・文化財などが、12か月分パパパーッと並べられている記事。
奈良が好きな方や考古学にちょっとでも興味のある方には、気軽・気楽に読めるので分かりやすくて楽しいのではないでしょうか。
いや、私が楽しかっただけなのですけども……(笑)
あまりに「奈良!奈良!」言うのは控えようと最近は思うのですが、それにしても、「奈良時代のものと思われる……」ような出土品が、奈良県内だけじゃなくて全国各地から見つかっていることがこの記事から伝わってきて、すごいなぁとただただ思います。
ちなみにこの記事に掲載されている「今年出土した遺跡等シリーズ」の表は、有名どころを選んで書かれているものと思われます。
個人的に(別の意味でも)はしゃいだ、西大寺の食堂院跡から見つかった「伊賀栗木簡」(2006.11.21付けエントリ)の情報は掲載されてませんでした。
伊賀栗は選出から外れたかー……(笑)
いや、伊賀栗以前に、西大寺食堂跡が出土した話題(2006.10.7付けエントリ)も書かれていないようです。
さすが、全国を視野に入れると記事になるレベルが高くなりますね……と妙なところで感心。
それにしても、奈良に限らず、日本の地面は宇宙ですね!掘れば何でも見つかる!
私には子供の頃からその遺伝子が組み込まれていたんでしょうか、幼稚園の頃に「何か見つかるかも」と思って家の庭を掘ったら、水道管にぶつかって母にえらく怒られたことを思い出しました。
我が家の出土品は水道管!
……ということで、面白い記事があるので、よろしければ読んでみてくださいエントリでした。
最近こういうグダグダな締めが多すぎる……(遠い目)
除夜の鐘 in 奈良 [2006.12.26 - 奈良ニュース]
もうそろそろ「年末」と表現してもおかしくない頃合でしょうか。
年越しそばや紅白歌合戦と共に大晦日の一大イベント(そばはイベントか?)として挙げられるのが、除夜の鐘。
除夜(=大晦日の夜のこと)に鳴り響く鐘は基本的に108回。
まずは107回を撞き、最後の1回は新年に撞くそうです。知らなんだ。
ということで、奈良市内のお寺(有名どころ限定)で除夜の鐘を撞ける場所を調べてみました。
来た人全員が撞いていいよ!回数は制限しないよ!のお寺
回数制限するよ!先着順だよ!のお寺 (整理券を配布する場合多し)
これ以外にも、家のコタツで丸まってミカンを食べながらの漫画チック年越し、近所の神社へ行ってお神酒をいただきながらのゴキゲン年越し、祖父母宅にて飲んで食べての大賑わいで楽しむ麻雀年越し(我が家はたぶんコレ)、などなど、色んな年越し方法がございますので、皆様よくご吟味の上、楽しんでいただきたいと思います。
私、何回やっても麻雀のルールが理解できません。
でもツモ運はいいらしいです(家族談)
……えーとこれは何のエントリでしたかしら。
年越しそばや紅白歌合戦と共に大晦日の一大イベント(そばはイベントか?)として挙げられるのが、除夜の鐘。
除夜(=大晦日の夜のこと)に鳴り響く鐘は基本的に108回。
まずは107回を撞き、最後の1回は新年に撞くそうです。知らなんだ。
ということで、奈良市内のお寺(有名どころ限定)で除夜の鐘を撞ける場所を調べてみました。
来た人全員が撞いていいよ!回数は制限しないよ!のお寺
回数制限するよ!先着順だよ!のお寺 (整理券を配布する場合多し)
- 東大寺……23時頃から整理券配布、先着800名
- 興福寺……23時から整理券配布、先着100名。南円堂と菩提院大御堂の2箇所で行われる(ので、実際には全200名が鐘撞き可能)
- 唐招提寺……23時15分から整理券配布、先着108名
- 薬師寺……23時頃から整理券配布、人数は不明。お餅をもらえるらしい。
また、31日22時頃から1日午前4時頃まで、境内がライトアップされる
これ以外にも、家のコタツで丸まってミカンを食べながらの漫画チック年越し、近所の神社へ行ってお神酒をいただきながらのゴキゲン年越し、祖父母宅にて飲んで食べての大賑わいで楽しむ麻雀年越し(我が家はたぶんコレ)、などなど、色んな年越し方法がございますので、皆様よくご吟味の上、楽しんでいただきたいと思います。
私、何回やっても麻雀のルールが理解できません。
でもツモ運はいいらしいです(家族談)
……えーとこれは何のエントリでしたかしら。
談山神社の十三重塔、修繕開始 [2006.12.25 - 奈良ニュース]
先日紅葉狩りに行ってきた談山神社。

「紅葉シーズンが終われば十三重塔の修復を行います」ということでしたが、いよいよその作業が始まったようです。
先日訪れた時に見た十三重塔、確かに屋根の部分が少しもろそうに見えました。
それはそれでとても風情があって素敵だったのだけれど、修復が必要だと判断されたのであれば、やはり風情よりもそちらを優先すべきなのでしょうね。
葺き替えは40年ぶりということなので、定期的に修復作業を行っているのでしょうか。
……と言っても、40年という時間の経過だけでもすごいのだけれど。
最近あまりにも「奈良奈良」とか「奈良時代奈良時代」とか考えすぎていて、先ほどテレビで見かけたアンコールワット遺跡が1100年代に造られたと聞いた時も、「あ、意外と新しいやん」と思ってしまいました。
全ての基準は「奈良(時代)」。全ての道は奈良に通ず。
……文化が全く違うこの2つを比べることそのものがナンセンスですね。
アンコールワットさん、失礼な言い方してごめんなさい。
さて閑話休題。
談山神社はただ今、「平成の大修理」の真っ最中です。
十三重塔以外にも様々な堂宇が修繕されておりまして、全ての作業が終了するのは平成23年の予定とのこと。
十三重塔さん(“十三重父さん”になった)、来年の9月、お元気そうなお姿にお会いできるのを楽しみにしてます。
それ以外の方々も、じっくり丁寧に治してもらって、今まで以上に何百年も長生きしてくださいね。
ということで、頑張れ!談山神社!エントリでした。
頑張れ!
関連サイト
・談山神社公式サイト
――トップページ「平成の大修理のお知らせ」に、修理の詳細が記載されています
関連エントリ
・11/25散歩-1: 談山神社を歩く (06.11.25)
――談山神社へ紅葉狩りに行ってきましたの写真エントリ

「紅葉シーズンが終われば十三重塔の修復を行います」ということでしたが、いよいよその作業が始まったようです。
談山神社:「十三重塔」修復、始まる /奈良 (Yahoo!ニュース(ソース:毎日新聞) / 06.12.23)
桜井市多武峰、談山神社の主要社殿・8棟を修復している県教委文化財保存事務所・談山神社出張所はこのほど、「西宝庫」(江戸時代、国重要文化財)の修理をほぼ終えた。続いて同神社の代表的建物、「十三重塔」(室町時代・同)の修復に入った。傷みがひどい桧皮(ひわだ)の葺(ふ)き替え工事で、1966年以来、40年ぶり。
先日訪れた時に見た十三重塔、確かに屋根の部分が少しもろそうに見えました。
それはそれでとても風情があって素敵だったのだけれど、修復が必要だと判断されたのであれば、やはり風情よりもそちらを優先すべきなのでしょうね。
葺き替えは40年ぶりということなので、定期的に修復作業を行っているのでしょうか。
……と言っても、40年という時間の経過だけでもすごいのだけれど。
最近あまりにも「奈良奈良」とか「奈良時代奈良時代」とか考えすぎていて、先ほどテレビで見かけたアンコールワット遺跡が1100年代に造られたと聞いた時も、「あ、意外と新しいやん」と思ってしまいました。
全ての基準は「奈良(時代)」。全ての道は奈良に通ず。
……文化が全く違うこの2つを比べることそのものがナンセンスですね。
アンコールワットさん、失礼な言い方してごめんなさい。
さて閑話休題。
談山神社はただ今、「平成の大修理」の真っ最中です。
十三重塔以外にも様々な堂宇が修繕されておりまして、全ての作業が終了するのは平成23年の予定とのこと。
十三重塔さん(“十三重父さん”になった)、来年の9月、お元気そうなお姿にお会いできるのを楽しみにしてます。
それ以外の方々も、じっくり丁寧に治してもらって、今まで以上に何百年も長生きしてくださいね。
ということで、頑張れ!談山神社!エントリでした。
頑張れ!
関連サイト
・談山神社公式サイト
――トップページ「平成の大修理のお知らせ」に、修理の詳細が記載されています
関連エントリ
・11/25散歩-1: 談山神社を歩く (06.11.25)
――談山神社へ紅葉狩りに行ってきましたの写真エントリ
06年の奈良十大ニュース [2006.12.21 - 奈良ニュース]
毎年恒例、今年の奈良県政の十大ニュースが発表されました。
記事はこちら――今年の県政十大ニュース発表 /奈良 (MSN毎日インタラクティブ / 06.12.17)
県が発表した今年の十大ニュースは、上記記事によると以下の通り。
ちなみに自分の中の今年の奈良全般の十大ニュースは、こんな感じ。(順不同)
去年も同じようなエントリを書いた記憶があるのですが、もうあれから1年経つのか……と呆然としています。
「光陰矢のごとし」というか、「光陰、矢」ですね。「ごとし」はいらんです。
みなさま、あと10日の2006年を思う存分ご堪能ください。
なんちゅう締め方だ(←毎度お馴染みの一言)
関連エントリ
・今年の十大ニュース (05.12.26)
――2005年度版県発表十大ニュース(+おまけで私の中の奈良十大ニュース)
記事はこちら――今年の県政十大ニュース発表 /奈良 (MSN毎日インタラクティブ / 06.12.17)
県が発表した今年の十大ニュースは、上記記事によると以下の通り。
- やまと21世紀ビジョン
- 京奈和道の整備が進む
- けいはんな線開業
- 平城遷都1300年記念事業の推進
- 特色ある少子化対策の展開
- 宇陀市の誕生
- 安全・安心な体制づくり
- 地球温暖化対策など環境問題への対応
- 観光交流の具体化への取り組み
- 精神医療センターのオープン
ちなみに自分の中の今年の奈良全般の十大ニュースは、こんな感じ。(順不同)
- 奈良検定の動きの本格化したよ!-7月以降
- 奈良がWebに力を入れ始めたよ!どの企画も楽しいよ!-8月, 9月, 9月, 10月, 11月, 12月
- キトラ・高松塚両古墳を巡る動きが激化したよ!-5月, 12月
- 唐招提寺金堂の復原中の様子が公開されたよ!-11月
- その唐招提寺の扉の金具下から1250年前の模様が発見されたよ!-8月
- JR東海の「うましうるわし奈良」シリーズが素敵すぎるよ!-6月, 12月
- 今年も正倉院展が大人気で、過去最高の人手だったよ!-11月
- (奈良関連)滋賀の大津で、藤原仲麻呂さんが通った「田原道」が見つかったよ!-10月
- 近鉄けいはんな線が通ったよ!トンネルばっかりらしいよ!-3月
- 今年は聖武天皇の1250年忌、重源上人の800年忌だったよ!-5月, 10月
去年も同じようなエントリを書いた記憶があるのですが、もうあれから1年経つのか……と呆然としています。
「光陰矢のごとし」というか、「光陰、矢」ですね。「ごとし」はいらんです。
みなさま、あと10日の2006年を思う存分ご堪能ください。
なんちゅう締め方だ(←毎度お馴染みの一言)
関連エントリ
・今年の十大ニュース (05.12.26)
――2005年度版県発表十大ニュース(+おまけで私の中の奈良十大ニュース)
「今日は何の日、ふっふ〜」(おもいっきりテレビ風。確かこんな感じだったはず)、ということで。
いや、真面目にいきましょう。
1253年前の本日12月20日、あの有名な鑑真さんが来日しました。
冬の寒い時期にいらっしゃったのですね。ようこそ日本へ。
日本に到着した時には既に失明していた鑑真さんですが、12月20日の何日か前から、「日本らしき島が見えたよー!」という周りのざわめきをお聞きになっていたのではないでしょうか。
奈良に到着したのはそれから約40日後ということなので、1月の半ば辺り。
その後、聖武天皇らに受戒し、東大寺に戒壇を造り、そして唐招提寺を建立。
まさに、日本における仏教の礎を築き上げたお方です。
12月20日は友人の誕生日としてインプットされている私ですが、「鑑真さんいらっしゃいの日」としても記憶しておこうと、強く誓いました(笑)
ようこそ、1253年前の鑑真さん。無事のご到着、心から歓迎いたします。
ちなみに、鑑真さんの来日の時の様子は、『天平の甍』という作品で井上靖さんが丁寧に描いてらっしゃいます。
興味のある方は書店でパラパラめくってみると楽しいかもしれません。
1巻のみでページ数もそう多くないので、非常に読みやすい逸品でした。
いや、真面目にいきましょう。
1253年前の本日12月20日、あの有名な鑑真さんが来日しました。
冬の寒い時期にいらっしゃったのですね。ようこそ日本へ。
【中国】【今日は何の日?】753年:鑑真、出航6度目で来日
753年(日本の天平勝宝5年)12月20日、唐の高僧の鑑真(がんじん)が来日した。既に66歳。5回の渡海失敗と失明を乗り越え、ついに日本の土を踏むことに成功した。
(略)
743年、揚州の鑑真を、授戒できる高僧を探すため日本から派遣された僧の栄叡、普照が訪れた。二人の要請に鑑真は渡日を決意。この時、既に55歳だった。
その後、鑑真は弟子達とともに日本への渡海を5回にわたり試みるが、役人の干渉や悪天候に阻まれことごとく失敗に終わる。
(略)
その後、遣唐使(正大使)の藤原清河は、帰国の船で鑑真を日本に連れることを承諾。しかし当時の玄宗皇帝は鑑真の才能を惜しみ、渡航を許可しなかった。しかし副使の一人、大伴古麻呂は自船に鑑真をひそかに乗り込ませ、753年11月16日に出航。大使の船は途中で難破したが、鑑真を乗せた船は12月20 日、薩摩坊津(現在の鹿児島県南さつま市)に到着した。
それから約40日後、鑑真一行は奈良の都に到着し盛大な歓迎を受けた。鑑真はその後も日本で暮らし、763年5月に享年76歳で亡くなった。
日本に到着した時には既に失明していた鑑真さんですが、12月20日の何日か前から、「日本らしき島が見えたよー!」という周りのざわめきをお聞きになっていたのではないでしょうか。
奈良に到着したのはそれから約40日後ということなので、1月の半ば辺り。
その後、聖武天皇らに受戒し、東大寺に戒壇を造り、そして唐招提寺を建立。
まさに、日本における仏教の礎を築き上げたお方です。
12月20日は友人の誕生日としてインプットされている私ですが、「鑑真さんいらっしゃいの日」としても記憶しておこうと、強く誓いました(笑)
ようこそ、1253年前の鑑真さん。無事のご到着、心から歓迎いたします。
ちなみに、鑑真さんの来日の時の様子は、『天平の甍』という作品で井上靖さんが丁寧に描いてらっしゃいます。
興味のある方は書店でパラパラめくってみると楽しいかもしれません。
1巻のみでページ数もそう多くないので、非常に読みやすい逸品でした。
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奈良では地中電線が全国最少 [2006.12.17 - 奈良ニュース]
毎週日曜朝日新聞朝刊の恒例記事、「なんでもランキング」。
「奈良」という文字を探しては、発見した時にはピーンと頭の中のアンテナを立てる私ですが、今週もなんとも楽しい話題が。
奈良は地中に埋まっている電線の割合が全国最下位……というか、全国で一番少ないそうです。
記事データの上位10都県と下位10道県はこんな感じ。
上位――東京、鳥取、山口、鹿児島、宮崎、熊本、島根、岐阜、和歌山、沖縄
下位――埼玉、徳島、高知、愛知、北海道、兵庫、愛媛、滋賀、三重、奈良(ドーン!)
上位は東京以下に意外な顔ぶれが並んでるし(有力な政治家さんでもいらっしゃるんでしょうか)、下位は下位で埼玉や愛知などが入ってるし、何ともアンバランスな感じですね。
あ、奈良に関しては個人的には「らしい」と思います。愛しさ全開でそう申し上げます。
電線を地中に埋めるのにどれくらい掘るのか存じ上げませんが、確かに奈良では「電線を埋めるために掘る前に、埋蔵文化財を探さないと」という前置きが必要な気がします。
ちなみに記事によると、普通の電柱を立てるのに比べて、金銭面では数十倍かかるそうです。
別にそこまでして電線を埋め込まなくてもいいかな、と個人的に思います。
だって、今でさえ色んな文化財が埋まってるのに、この上電線まで埋めてしまうと、電線が埋蔵文化財になってしまいますよ!(ならない)
しっかし奈良、意外な部分でポコーンと目立ったりするので楽しいです。こういう奈良が大好きです。
「奈良」という文字を探しては、発見した時にはピーンと頭の中のアンテナを立てる私ですが、今週もなんとも楽しい話題が。
奈良は地中に埋まっている電線の割合が全国最下位……というか、全国で一番少ないそうです。
記事データの上位10都県と下位10道県はこんな感じ。
上位――東京、鳥取、山口、鹿児島、宮崎、熊本、島根、岐阜、和歌山、沖縄
下位――埼玉、徳島、高知、愛知、北海道、兵庫、愛媛、滋賀、三重、奈良(ドーン!)
上位は東京以下に意外な顔ぶれが並んでるし(有力な政治家さんでもいらっしゃるんでしょうか)、下位は下位で埼玉や愛知などが入ってるし、何ともアンバランスな感じですね。
あ、奈良に関しては個人的には「らしい」と思います。愛しさ全開でそう申し上げます。
電線地中化率、東京唯一の30%超 (紙面)ということで、史跡などが奈良の電線地中化率に影響を及ぼしているとのこと。
――最下位奈良は「史跡優先」
(略)
最下位の奈良はどうか。
同県土木部は「明日香村や斑鳩町など、歴史的な遺跡や寺のある地域を優先しているので、数字に表れないのでは。厳しい財政事情から、進めにくい面もありますが」。
電線を地中に埋めるのにどれくらい掘るのか存じ上げませんが、確かに奈良では「電線を埋めるために掘る前に、埋蔵文化財を探さないと」という前置きが必要な気がします。
ちなみに記事によると、普通の電柱を立てるのに比べて、金銭面では数十倍かかるそうです。
別にそこまでして電線を埋め込まなくてもいいかな、と個人的に思います。
だって、今でさえ色んな文化財が埋まってるのに、この上電線まで埋めてしまうと、電線が埋蔵文化財になってしまいますよ!(ならない)
しっかし奈良、意外な部分でポコーンと目立ったりするので楽しいです。こういう奈良が大好きです。
キトラの寅、はぎ取りが無事に完了 [2006.12.16 - 奈良ニュース]
キトラ古墳壁画の保護のためのピアノ線でのはぎ取り作業が、ひとまず無事に終了しました。
まずは、作業に携わった方々、今回使われたピアノ線の新技術を考案・研究なさった方々に、「お疲れ様でした」の一言を。
3mmの漆喰のはぎ取り作業なんて、私には無理です。3mmて。
緊張して手が震えただけでダメじゃないですか。
それ考えるだけで余計に緊張します。最悪な緊張スパイラル。
キトラ古墳と平行して、現在、高松塚古墳では古墳の解体作業が行われています。
もちろん「保護」のため。
高松塚を発見した網干さんは「最後の一人になっても、わしは高松塚の解体に反対すんねん」と最後の最後までおっしゃっていたそうです。
「保護」という言葉をどんな風に解釈するかがポイントですね。
「当初のありのままの姿で“保護”する」のか、それとも、今実際に高松塚やキトラで行われているように「姿を変えてでも最善の形で“保護”する」のか。
私個人は、「ありのままの姿」での保護が限界点に達している現在では、後者以外選択肢はないんだろうなぁと、ひっそりと感じております。
諦めでもあるけれど、最善でもあるとも思う。
「はぎ取り作業が正しかったどうかは後世の人が決めること」と、キトラはぎ取り作業に携わった方が以前ニュースでおっしゃっていました。
その言葉の重さを感じつつ、何十年後かに「はぎ取ってて良かったね」と言える将来であることを願っております。
たぶん、「はぎ取っておいて正解だった!」というような将来であれば、「はぎ取ったのが間違いだったんだ!」というような将来に比べると、絶対に話題にも挙がらないと思うのですよ。
みんなが忘れ去ってるような感じ。
そんな中でも、ふと「キトラの壁画たち元気かなぁ」と思える自分が何十年後かにいることを夢見つつ、このエントリを締め括ろうと思います。
まだ残ってる朱雀の壁画、そしてそれをはぎ取るスタッフさんや関係者の皆さんも、頑張ってください。応援してます。
関連エントリ
・キトラ古墳の白虎お目見え (06.5.12)
新工法使い「寅」はぎ取りに成功 (06.12.15 / YOMIURI ONLINE)
奈良県明日香村のキトラ古墳(7世紀末〜8世紀初め)の壁画保存作業で、文化庁は14日、石室東壁の獣頭人身十二支像「寅(とら)」(縦約17センチ、横約7センチ)のはぎ取りに成功したと発表した。昨年11月にはぎ取った北壁の四神・玄武に続き9体目。今回は漆喰(しっくい)が約3ミリと薄いため、「ダイヤモンドワイヤー・ソー」という工具を初めて使用した。
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寅はぎ取り成功 関係者「朱雀」へ決意新た (06.12.15 / YOMIURI ONLINE)
奈良県明日香村のキトラ古墳ではぎ取りに成功、14日発表された東壁の獣頭人身十二支像「寅(とら)」には、壁画に穴を開ける恐れのあるバクテリアの膜が迫っており、まさに“危機一髪”だった。
(略)
昨夏から、石室内にバクテリアやカビの菌が混生した膜が目立ち始め、朱雀は尾羽に穴が開き、寅も顔や上半身がぬれたような色合いに変化。除去しようにも壁画を傷つける恐れがあるため、手がつけられない状態が続いており、関係者は「長く石室に置いておけないのに」と焦りを募らせていた。
まずは、作業に携わった方々、今回使われたピアノ線の新技術を考案・研究なさった方々に、「お疲れ様でした」の一言を。
3mmの漆喰のはぎ取り作業なんて、私には無理です。3mmて。
緊張して手が震えただけでダメじゃないですか。
それ考えるだけで余計に緊張します。最悪な緊張スパイラル。
キトラ古墳と平行して、現在、高松塚古墳では古墳の解体作業が行われています。
もちろん「保護」のため。
高松塚を発見した網干さんは「最後の一人になっても、わしは高松塚の解体に反対すんねん」と最後の最後までおっしゃっていたそうです。
「保護」という言葉をどんな風に解釈するかがポイントですね。
「当初のありのままの姿で“保護”する」のか、それとも、今実際に高松塚やキトラで行われているように「姿を変えてでも最善の形で“保護”する」のか。
私個人は、「ありのままの姿」での保護が限界点に達している現在では、後者以外選択肢はないんだろうなぁと、ひっそりと感じております。
諦めでもあるけれど、最善でもあるとも思う。
「はぎ取り作業が正しかったどうかは後世の人が決めること」と、キトラはぎ取り作業に携わった方が以前ニュースでおっしゃっていました。
その言葉の重さを感じつつ、何十年後かに「はぎ取ってて良かったね」と言える将来であることを願っております。
たぶん、「はぎ取っておいて正解だった!」というような将来であれば、「はぎ取ったのが間違いだったんだ!」というような将来に比べると、絶対に話題にも挙がらないと思うのですよ。
みんなが忘れ去ってるような感じ。
そんな中でも、ふと「キトラの壁画たち元気かなぁ」と思える自分が何十年後かにいることを夢見つつ、このエントリを締め括ろうと思います。
まだ残ってる朱雀の壁画、そしてそれをはぎ取るスタッフさんや関係者の皆さんも、頑張ってください。応援してます。
関連エントリ
・キトラ古墳の白虎お目見え (06.5.12)
遷都1300年記念行事会場は平城宮跡に盛り土? [2006.12.16 - 平城京遷都1300年]
2010年に行われる予定の「平城遷都1300年」を記念する行事、会場をどこにするかで以前から揉めておりましたが、ようやく輪郭が見えてきた、ような、気がしない、でも、ない、、、。
今年2月の時点では一旦「よし!会場は平城宮跡にしよう!」と決まりかけていたのですが、その直後に文化庁が「いやいや、平城宮跡はやめなさいよアナタ」とストップをかけたのでした。
理由は記事内にある通り、「地中に埋まっている文化財の保護」のためなんでしょう。
文化庁側からは「平城宮跡じゃなくて、奈良公園でやったら?」という意見があったのだけれど、奈良県は「景観的にも平城宮跡の方がいいんですよ」と色々と説き、その結果が今回の記事に繋がった、というわけです。
以前のエントリでは「会場は平城宮跡の方がよさげ派」だった私ですが、文化庁の言う「埋蔵文化財の保護」を考え出すと、確かにそういう意味では平城宮跡は“会場としてはふさわしくない”場所なのかもなぁと思いました。
と言っても、奈良側の言う「景観でも奈良時代に思いを馳せることができる場所は、平城宮跡なんです」という意見も分かる。
でも盛り土と発泡スチロールに違和感を感じたりもする。
でも記事内の専門家の方の「何でそこまでして開くのか」という意見に対しては反発心も感じる。
(この言葉の本当の意味は存じ上げませんが、「何でそこまでして(平城宮跡で)開くのか」だったら、まだ少しは納得できる気がします。行事そのものを否定的におっしゃっているのであれば、それに対してはちょっと反発。)
「平城宮跡は、地表よりも地中が大切なんです。地中が宝物なんです。地中が世界遺産なんです」と、考えてみれば当たり前だけれどそれまで気づきもしなかったことを教えてくださった、平城宮跡ボランティアガイドさんのお言葉が、しみじみとこみ上げてきました。
関連エントリ
・2010年の予定 (06.2.8)
――遷都記念行事の骨格が発表され、会場は平城宮跡との記述が
・さっそく問題発生? (06.2.22)
――上記記事から2週間少し後、文化庁からストップが
発泡スチロールで平城宮跡保護 奈良1300年祭主会場 (06.12.14 / asahi.com)
奈良県や関西経済連合会などが2010年開催をめざすテーマ博「平城遷都1300年記念事業(奈良1300年祭)」で、パビリオンなどを建設する主会場にするため、世界遺産の平城宮跡(奈良市)を盛り土や発泡スチロールなどで覆う計画が進んでいることがわかった。
(略)
協会側は2年前から、平城宮跡の使用について文化庁に許可を求めてきたが、同庁は「地中の遺構などを傷めない保証がない」として交渉は難航。協会側は今年10月に盛り土案を報告し、文化庁も一定の評価を見せたが、予定では9月に許可を得ているはずだった。
今年2月の時点では一旦「よし!会場は平城宮跡にしよう!」と決まりかけていたのですが、その直後に文化庁が「いやいや、平城宮跡はやめなさいよアナタ」とストップをかけたのでした。
理由は記事内にある通り、「地中に埋まっている文化財の保護」のためなんでしょう。
文化庁側からは「平城宮跡じゃなくて、奈良公園でやったら?」という意見があったのだけれど、奈良県は「景観的にも平城宮跡の方がいいんですよ」と色々と説き、その結果が今回の記事に繋がった、というわけです。
以前のエントリでは「会場は平城宮跡の方がよさげ派」だった私ですが、文化庁の言う「埋蔵文化財の保護」を考え出すと、確かにそういう意味では平城宮跡は“会場としてはふさわしくない”場所なのかもなぁと思いました。
と言っても、奈良側の言う「景観でも奈良時代に思いを馳せることができる場所は、平城宮跡なんです」という意見も分かる。
でも盛り土と発泡スチロールに違和感を感じたりもする。
でも記事内の専門家の方の「何でそこまでして開くのか」という意見に対しては反発心も感じる。
(この言葉の本当の意味は存じ上げませんが、「何でそこまでして(平城宮跡で)開くのか」だったら、まだ少しは納得できる気がします。行事そのものを否定的におっしゃっているのであれば、それに対してはちょっと反発。)
「平城宮跡は、地表よりも地中が大切なんです。地中が宝物なんです。地中が世界遺産なんです」と、考えてみれば当たり前だけれどそれまで気づきもしなかったことを教えてくださった、平城宮跡ボランティアガイドさんのお言葉が、しみじみとこみ上げてきました。
関連エントリ
・2010年の予定 (06.2.8)
――遷都記念行事の骨格が発表され、会場は平城宮跡との記述が
・さっそく問題発生? (06.2.22)
――上記記事から2週間少し後、文化庁からストップが
おん祭にレンコン登場 [2006.12.13 - 伝統行事]
おん祭に今年から新たなお友達が誕生しました。
その名も、レンコン!
一口に「春日大社」と言っても、こんな風に全国各地・大勢の人に色んな逸話を残しているんだなぁとしみじみ思いました。
今回こうして春日大社とレンコンの繋がりが話題になりましたが、まだまだ知られていない繋がりもたくさんあるんでしょうね。
こういうリンクを発見したり辿ったりするのが大好きです。
歴史というものは驚くほどにリンクだらけで成り立っているということを最近改めて感じたので、こういう小話も、楽しくて仕方がない。
今の私の頭の中は幕末とレンコンとレンコン商人さんでいっぱいです。
ちなみに記事によると、春日大社に奉納され、おん祭でお供え物として使われるレンコンは「河内蓮根」と呼ばれるもので、門真市特産のレンコンだそう。
レンコンと言えばキンピラぐらいしか思い浮かばない私ですが(おいしい!)、これからは神聖な気持ちで目を向けたいと思います。
レンコン、そして幕末のレンコン商人さん、商人さんを取り巻く皆さん、楽しいお話を後世まで残してくれてありがとうございます。
敬礼!
関連エントリ
・おん祭の歴史簡単説明 (06.12.12)
その名も、レンコン!
河内蓮根の恩返し 春日若宮に奉納行列 (Sankei Web / 06.12.12)
幕末の故事にちなみ、大阪府門真市の特産「河内蓮根」を奈良市の春日大社若宮神社に供えるユニークな奉納行列が10日、門真市の栽培農家ら有志によって行われた。大社への“恩返し”を目的に今年初めて催された行事で、参加者は「先人の思いをよみがえらせることができた」と感無量の様子。
(略)
地元の伝承によると、幕末期、奈良にレンコンを売りに行った同地方の若者が盗賊に襲われたため、無事を願い、村中で金を集め春日大社に石灯籠(いしどうろう)を奉納。授かった御用提灯(ちょうちん)を持って行商に行くと、その後は襲われなくなったといい、大社の参道には「河州蓮屋中」と刻まれた石灯籠が今も残っている。
一口に「春日大社」と言っても、こんな風に全国各地・大勢の人に色んな逸話を残しているんだなぁとしみじみ思いました。
今回こうして春日大社とレンコンの繋がりが話題になりましたが、まだまだ知られていない繋がりもたくさんあるんでしょうね。
こういうリンクを発見したり辿ったりするのが大好きです。
歴史というものは驚くほどにリンクだらけで成り立っているということを最近改めて感じたので、こういう小話も、楽しくて仕方がない。
今の私の頭の中は幕末とレンコンとレンコン商人さんでいっぱいです。
ちなみに記事によると、春日大社に奉納され、おん祭でお供え物として使われるレンコンは「河内蓮根」と呼ばれるもので、門真市特産のレンコンだそう。
レンコンと言えばキンピラぐらいしか思い浮かばない私ですが(おいしい!)、これからは神聖な気持ちで目を向けたいと思います。
レンコン、そして幕末のレンコン商人さん、商人さんを取り巻く皆さん、楽しいお話を後世まで残してくれてありがとうございます。
敬礼!
関連エントリ
・おん祭の歴史簡単説明 (06.12.12)
おん祭の歴史簡単説明 [2006.12.12 - 伝統行事]
おん祭が近づいてきました。
毎年、一年の締め括りに行われる、奈良で一番大きなお祭り。
小学校が午前中だけの授業になる、子供にも嬉しいお祭り。
去年は一番のメインどころ、17日の「お渡り式」が天候不良で中止になってしまったのでした。
今年のお天気はどうでしょうか、と調べてみたところ、17日は何とか晴れてくれるようです。
今年の17日は日曜日。ぜひともお渡り式を見ることができるよう、祈っております。
さて、おん祭の簡単な歴史については、去年のエントリでちょろっと書きました。(05.11.27エントリ / おん祭準備着々)
今回はもう少しだけ突っ込んで、かゆい所に手の届くエントリにしたいと思います。なんのこっちゃ。
まず、おん祭を始めたとされる、【藤原忠通】さん。
平安後期の1121年から関白となり、崇徳・近衛天皇に仕えていたお方です。
その後崇徳さんと不和になり、有名な【保元の乱(武士が政界進出を果たすきっかけとなった乱)】が勃発。
この乱では、後白河天皇・藤原忠通(藤原氏=摂関家) / 崇徳上皇・藤原頼長(忠道の弟)という2派閥が対立し、後白河・忠通側の勝利に。
その結果、忠通さんは摂関家の中で大きな力を持つに至りますが、その後は出家します。
詩歌や能書に通じ、「法性寺(ほっしょうじ)流」という流儀まで作るほどの才能をお持ちだったそう。
(※法性寺……出家後の忠通さんの呼称。実際に忠通さんが住んでいたとされるお寺「法性寺」が、京都の東山に残っているそう。)
おん祭が始まったのは1136年。保元の乱が起こったのは1156年。
おん祭を始めた忠通さんは、20年後にこんな乱が起こるということを予想してらっしゃったのでしょうか。
なんとも数奇な感じがします。
忠通さんがおん祭を始めたきっかけというのは、春日大社のサイトで説明されていたので、そこから引用させていただこうと思います。
おん祭ではりんご飴ばかりに目を奪われる私ですが、こういう歴史を知っているのと知らないのでは、お祭を見る目が全く変わるのだろうなぁと思います。
それでもやっぱり、まずはりんご飴(まだ言うか)。
関連サイト
・春日大社
――おん祭についても丁寧な説明があります
関連エントリ
・おん祭お渡り式中止 (05.12.20)
・おん祭準備着々 (05.11.27)
毎年、一年の締め括りに行われる、奈良で一番大きなお祭り。
小学校が午前中だけの授業になる、子供にも嬉しいお祭り。
去年は一番のメインどころ、17日の「お渡り式」が天候不良で中止になってしまったのでした。
今年のお天気はどうでしょうか、と調べてみたところ、17日は何とか晴れてくれるようです。
今年の17日は日曜日。ぜひともお渡り式を見ることができるよう、祈っております。
さて、おん祭の簡単な歴史については、去年のエントリでちょろっと書きました。(05.11.27エントリ / おん祭準備着々)
今回はもう少しだけ突っ込んで、かゆい所に手の届くエントリにしたいと思います。なんのこっちゃ。
まず、おん祭を始めたとされる、【藤原忠通】さん。
平安後期の1121年から関白となり、崇徳・近衛天皇に仕えていたお方です。
その後崇徳さんと不和になり、有名な【保元の乱(武士が政界進出を果たすきっかけとなった乱)】が勃発。
この乱では、後白河天皇・藤原忠通(藤原氏=摂関家) / 崇徳上皇・藤原頼長(忠道の弟)という2派閥が対立し、後白河・忠通側の勝利に。
その結果、忠通さんは摂関家の中で大きな力を持つに至りますが、その後は出家します。
詩歌や能書に通じ、「法性寺(ほっしょうじ)流」という流儀まで作るほどの才能をお持ちだったそう。
(※法性寺……出家後の忠通さんの呼称。実際に忠通さんが住んでいたとされるお寺「法性寺」が、京都の東山に残っているそう。)
おん祭が始まったのは1136年。保元の乱が起こったのは1156年。
おん祭を始めた忠通さんは、20年後にこんな乱が起こるということを予想してらっしゃったのでしょうか。
なんとも数奇な感じがします。
忠通さんがおん祭を始めたきっかけというのは、春日大社のサイトで説明されていたので、そこから引用させていただこうと思います。
長承年間には長年にわたる大雨洪水により飢饉が相次ぎ、天下に疫病が蔓延したので、時の関白藤原忠通公が万民救済の為若宮の御霊威にすがり、保延元年 (1135年)旧暦二月二十七日、現在地に大宮(本社)と同じ規模の壮麗な神殿を造営しました。若宮の御神助を願い、翌年(1136年)旧暦九月十七日、春日野に御神霊をお迎えして丁重なる祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まりです。ということで、おん祭は万民を救済するために始まったお祭なのでした。
おん祭ではりんご飴ばかりに目を奪われる私ですが、こういう歴史を知っているのと知らないのでは、お祭を見る目が全く変わるのだろうなぁと思います。
それでもやっぱり、まずはりんご飴(まだ言うか)。
関連サイト
・春日大社
――おん祭についても丁寧な説明があります
関連エントリ
・おん祭お渡り式中止 (05.12.20)
・おん祭準備着々 (05.11.27)
東大寺の獅子にブラザーが! [2006.12.11 - 遺跡・文化財の出土、判明]
東大寺といえばやはり大仏殿と大仏さま。
そのあとに思い浮かぶのが(私の場合は)南大門の仁王像。
その仁王像の横にちょこんと座っている2体の獅子に、兄貴分がいることが判明したそうです。
お兄さんのお住まいは、チャイナ!
確か、南大門の仁王像を過ぎて門をくぐった左右に、大仏殿の方を向いて獅子さん方が座ってらっしゃったような記憶があります。
……向かい合ってだったかな……?
曖昧で申し訳ないのですが、場所的にはその辺りです。
私は何度もあの場所を通りましたが、「獅子がいるー」ぐらいで気にも留めないことばかりでした。
今になって反省と後悔。ごめんなさい獅子さん。
鎌倉時代からあの場所から東大寺を見守ってらっしゃったとは。
記事によると、兄貴分のチャイナ獅子(フレンドリーにいきましょう)は、中国の浙江省(チョーチアン)の都市、寧波(ニンポー)にいらっしゃるそうです。
ピンと来辛いので、固有名詞を勉強がてらご説明。
浙江省は中国の東南側沿岸にあり、日本からは「かなり近い中国」に当たる一部で、上海のすぐ南にあります。
緯度的には、日本の屋久島と同じほど。
ここは南宋時代(宋の後半)に都となったことからも、中国での「七大古都」の一つに数えられています。
続いては、浙江省の中でも今回獅子が見つかった「寧波(ニンポー)」という都市。
この地名は聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。
ここは中国・唐の時代から貿易港として栄え、遣唐使が派遣されていた頃から日中間の重要な場所として知られていました。
鑑真、栄西(臨済宗開祖)、道元(曹洞宗開祖)など、日本で活躍した方々の軌跡も残っているほどに、日本との繋がりが深い場所だそうです。
チャイナ獅子さんがこういう場所にいらっしゃるというのも、何やら偶然以上のものを感じずにはいられません。
鎌倉時代に東大寺の再興で活躍し、東大寺獅子の制作を指揮したという重源さんは、それ以前に3度宋に足を向けたとの記録があるそうです。
その時に、今回800年ぶりに判明した獅子の構想も出来上がったのでしょう。
記事を読み、重源さんの脳内にトリップしたような感覚に陥りました。
いやはや、見事なほどにワールドワイドなお方です。
東大寺の獅子さんは新たな「東大寺チェケラポイント」となり、日本と中国の間の新たなリンクとなること間違いなしですね。
800年も前からこの時代まで、兄弟揃って「現存」しているということに、東大寺の獅子を取り巻く方々、寧波の獅子を取り巻く方々の両方へ、拍手喝采です。
獅子のお二人とも、これからもどうかお元気で!
関連リンク
・浙江省観光局公式ホームページ (日本語 / 浙江省旅游局(政府観光局) 製作)
そのあとに思い浮かぶのが(私の場合は)南大門の仁王像。
その仁王像の横にちょこんと座っている2体の獅子に、兄貴分がいることが判明したそうです。
お兄さんのお住まいは、チャイナ!
東大寺南大門の獅子、中国に「兄弟」いた (06.12.11 / asahi.com)南大門に獅子なんていたっけ?という方もいらっしゃるかもしれないので、私の中の記憶を掘り起こして少しご説明。
奈良・東大寺の南大門にある石造りの「獅子」2体(重要文化財、高さ160〜180.5センチ)の「兄弟」像が、中国浙江省に現存することがわかった。
(略)
東大寺の獅子は、平氏の南都焼き打ち(1180年)で焼けた南大門を復興した重源上人(1121〜1206)の指揮でつくられた。運慶らが制作した仁王像の隣にあり、寺の古記録には「中国・南宋(1127〜1279)の工人4人が1196(建久7)年に制作したが、日本の石ではつくりにくいので中国の石を輸入した」とある。
確か、南大門の仁王像を過ぎて門をくぐった左右に、大仏殿の方を向いて獅子さん方が座ってらっしゃったような記憶があります。
……向かい合ってだったかな……?
曖昧で申し訳ないのですが、場所的にはその辺りです。
私は何度もあの場所を通りましたが、「獅子がいるー」ぐらいで気にも留めないことばかりでした。
今になって反省と後悔。ごめんなさい獅子さん。
鎌倉時代からあの場所から東大寺を見守ってらっしゃったとは。
記事によると、兄貴分のチャイナ獅子(フレンドリーにいきましょう)は、中国の浙江省(チョーチアン)の都市、寧波(ニンポー)にいらっしゃるそうです。
ピンと来辛いので、固有名詞を勉強がてらご説明。
浙江省は中国の東南側沿岸にあり、日本からは「かなり近い中国」に当たる一部で、上海のすぐ南にあります。
緯度的には、日本の屋久島と同じほど。
ここは南宋時代(宋の後半)に都となったことからも、中国での「七大古都」の一つに数えられています。
続いては、浙江省の中でも今回獅子が見つかった「寧波(ニンポー)」という都市。
この地名は聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。
ここは中国・唐の時代から貿易港として栄え、遣唐使が派遣されていた頃から日中間の重要な場所として知られていました。
鑑真、栄西(臨済宗開祖)、道元(曹洞宗開祖)など、日本で活躍した方々の軌跡も残っているほどに、日本との繋がりが深い場所だそうです。
チャイナ獅子さんがこういう場所にいらっしゃるというのも、何やら偶然以上のものを感じずにはいられません。
鎌倉時代に東大寺の再興で活躍し、東大寺獅子の制作を指揮したという重源さんは、それ以前に3度宋に足を向けたとの記録があるそうです。
その時に、今回800年ぶりに判明した獅子の構想も出来上がったのでしょう。
記事を読み、重源さんの脳内にトリップしたような感覚に陥りました。
いやはや、見事なほどにワールドワイドなお方です。
東大寺の獅子さんは新たな「東大寺チェケラポイント」となり、日本と中国の間の新たなリンクとなること間違いなしですね。
800年も前からこの時代まで、兄弟揃って「現存」しているということに、東大寺の獅子を取り巻く方々、寧波の獅子を取り巻く方々の両方へ、拍手喝采です。
獅子のお二人とも、これからもどうかお元気で!
関連リンク
・浙江省観光局公式ホームページ (日本語 / 浙江省旅游局(政府観光局) 製作)
うましうるわし奈良 法隆寺バージョン [2006.12.09 - オモシロ奈良]
今年の6月に初めて見、やってくれましたね……!と感激した、JR東海の奈良観光誘致キャンペーン「うましうるわし奈良」。
本日お昼過ぎの新喜劇(※関西人にはお馴染み、吉本新喜劇)の番組中に、偶然にも「うましうるわし奈良」の新CMに出会いました。
新喜劇を見てケラケラ笑っていた脳みそが一瞬キョトーンとなり、次の瞬間には「JR東海……!!」と感涙。
一気にCMの法隆寺の世界へ引き込まれました。相変わらずすごいパワーですJR東海……!
うまし うるわし 奈良 (※音量注意 / 下のサムネイルはトップページのものではありません)

早速サイトで調べてみると、法隆寺バージョンは12月に更新されたような記載が見えるので、流れ出したのもどうやらここ最近ではないでしょうか。
これまでの東大寺篇、薬師寺篇と同じように、ポスターなどと共にCMもサイトにアップされているので、興味のある方はぜひどうぞ。
今回のテーマは「以和為尊」。
どれもこれも本当に逸品ばかりで、普段の優柔不断っぷりを倍増させてしまうほどに素晴らしいのだけれど、個人的に特にほんわか思った煽り文を挙げてみます。
「日本の精神年齢、千四百歳」。
言われてみるとごもっとも、と楽しくなった名文。この言葉の中に日本の歴史が全て詰め込まれているような感じがしました。
こういう考え方ができたり、こういうことを思いついたりできるのがすごい。楽しい。
「フランスに招かれた。ルーブルで称賛された。」
背景の仏様のお顔とこの文章がめちゃくちゃマッチしてるのです。
すごく崇高なお方なはずなのに、この文章を前にすると、まるで子供がはしゃいでるように見える。
「フランスに招かれたよ!ルーブルで称賛されたよ!」というようなお顔にほんわかしました。
二つの文章から構成されてるのも素敵です。
「フランスに招かれてルーブルで称賛された。」というのとでは、受ける印象が全然違いますね。
ということで、皆さんもお気に入りのものを探してみてください。
楽しいですよ。
最後になりましたが、JR東海さん大好きです……!という魂の叫びをもって、このエントリを締め括ります。
関連サイト
・うまし うるわし 奈良 (JR東海 製作)
※音が鳴るのでご注意を
関連エントリ
・うましうるわし奈良 (06.6.3)
本日お昼過ぎの新喜劇(※関西人にはお馴染み、吉本新喜劇)の番組中に、偶然にも「うましうるわし奈良」の新CMに出会いました。
新喜劇を見てケラケラ笑っていた脳みそが一瞬キョトーンとなり、次の瞬間には「JR東海……!!」と感涙。
一気にCMの法隆寺の世界へ引き込まれました。相変わらずすごいパワーですJR東海……!
うまし うるわし 奈良 (※音量注意 / 下のサムネイルはトップページのものではありません)

早速サイトで調べてみると、法隆寺バージョンは12月に更新されたような記載が見えるので、流れ出したのもどうやらここ最近ではないでしょうか。
これまでの東大寺篇、薬師寺篇と同じように、ポスターなどと共にCMもサイトにアップされているので、興味のある方はぜひどうぞ。
今回のテーマは「以和為尊」。
どれもこれも本当に逸品ばかりで、普段の優柔不断っぷりを倍増させてしまうほどに素晴らしいのだけれど、個人的に特にほんわか思った煽り文を挙げてみます。
「日本の精神年齢、千四百歳」。
言われてみるとごもっとも、と楽しくなった名文。この言葉の中に日本の歴史が全て詰め込まれているような感じがしました。
こういう考え方ができたり、こういうことを思いついたりできるのがすごい。楽しい。
「フランスに招かれた。ルーブルで称賛された。」
背景の仏様のお顔とこの文章がめちゃくちゃマッチしてるのです。
すごく崇高なお方なはずなのに、この文章を前にすると、まるで子供がはしゃいでるように見える。
「フランスに招かれたよ!ルーブルで称賛されたよ!」というようなお顔にほんわかしました。
二つの文章から構成されてるのも素敵です。
「フランスに招かれてルーブルで称賛された。」というのとでは、受ける印象が全然違いますね。
ということで、皆さんもお気に入りのものを探してみてください。
楽しいですよ。
最後になりましたが、JR東海さん大好きです……!という魂の叫びをもって、このエントリを締め括ります。
関連サイト
・うまし うるわし 奈良 (JR東海 製作)
※音が鳴るのでご注意を
関連エントリ
・うましうるわし奈良 (06.6.3)
編集者さんと奈良県のタッグでサイトを作る [2006.12.09 - 奈良ニュース]
奈良県と奈良雑誌編集者さんとのコラボレーションが今月始めに誕生しました。
サイトの雰囲気はこんな感じ。
綺麗にまとまってて好印象です。
そしてやっぱりトップに鹿がいるのがおもしろい……。めちゃくちゃカメラ目線ですよ(笑)!
あの編集長が選ぶ 奈良の魅力 再発見!

この企画に参加している雑誌社さんは『ぴあ関西版『』『シティリビング』『あまから手帖』『サライ』『旅行読売』『歴史読本』『奈良地図本』『naranto』『ぱーぷる』『笑う食卓』の計10社。
どれもこれも知ってます……!と叫びたくなるような顔ぶれです。
私個人はお料理にはあまり興味がないので、お料理以外で気になったのは、特に『歴史読本』さんがオススメしてらっしゃる場所たち。
結構マニアック、いや、穴場、いや、本当にこの方がピーンと来た場所を直球で紹介してくださってるなぁと、すごく得した気分になりました。
他の人がお気に入りの場所を知ることができると、めちゃくちゃ嬉しいですね。
それ以外にも、正倉院展や山の辺の道などのメジャーなものから、「ここおいしいよ!」「ここ穴場だよ!」というような場所、奈良県南部、などなど、「有名ではないけれど小さな魅力がたくさん詰まった」ような場所が色々と紹介されてます。
ありがとう編集長さんたち。ありがとうこの企画を考えついた奈良県広報担当の方々。
関連サイト
・あの編集長が選ぶ 奈良の魅力 再発見! (奈良県広報広聴課 製作)
HP開設 ぴあ関西版など10誌、編集長の視点で奈良の良さ紹介 /奈良 (06.12.2 / MSN毎日インタラクティブ)これは見事なタッグです。色んな雑誌の編集者さんが参加なさっているので、それぞれが思い思いの奈良を紹介してくださってて、見てるだけで楽しい。
県広報広聴課は、旅行雑誌やタウン誌の編集長・編集者の視点で奈良を紹介する「あの編集長が選ぶ 奈良の魅力 再発見!」ホームページ(http://www.hensyucho.pref.nara.jp)を開設した。
(略)
県広報広聴課は「広告とのタイアップ企画などで編集者の方々と話すと、地元の人以上に奈良のことに詳しい。公務員にない視点で、奈良の良さが紹介できると考えた」と話している。
サイトの雰囲気はこんな感じ。
綺麗にまとまってて好印象です。
そしてやっぱりトップに鹿がいるのがおもしろい……。めちゃくちゃカメラ目線ですよ(笑)!
あの編集長が選ぶ 奈良の魅力 再発見!

この企画に参加している雑誌社さんは『ぴあ関西版『』『シティリビング』『あまから手帖』『サライ』『旅行読売』『歴史読本』『奈良地図本』『naranto』『ぱーぷる』『笑う食卓』の計10社。
どれもこれも知ってます……!と叫びたくなるような顔ぶれです。
私個人はお料理にはあまり興味がないので、お料理以外で気になったのは、特に『歴史読本』さんがオススメしてらっしゃる場所たち。
結構マニアック、いや、穴場、いや、本当にこの方がピーンと来た場所を直球で紹介してくださってるなぁと、すごく得した気分になりました。
他の人がお気に入りの場所を知ることができると、めちゃくちゃ嬉しいですね。
それ以外にも、正倉院展や山の辺の道などのメジャーなものから、「ここおいしいよ!」「ここ穴場だよ!」というような場所、奈良県南部、などなど、「有名ではないけれど小さな魅力がたくさん詰まった」ような場所が色々と紹介されてます。
ありがとう編集長さんたち。ありがとうこの企画を考えついた奈良県広報担当の方々。
関連サイト
・あの編集長が選ぶ 奈良の魅力 再発見! (奈良県広報広聴課 製作)
飛鳥・藤原、世界遺産の国内候補地に提案 [2006.12.02 - 奈良ニュース]
実現すれば、奈良県内では4つ目の世界遺産に。
先はまだまだ長いです。でも、実現すれば素敵だなぁと思います。
呼称は「飛鳥・藤原――古代日本の宮都と遺跡群(仮称)」。
推薦場所は、高松塚古墳、キトラ古墳、石舞台古墳、藤原宮跡、大和三山、山田寺跡、明日香村にある史跡たち(飛鳥寺跡、橘寺など)。
政府に提出する提案書にはこんなことが書かれています。
「世界遺産」という仰々しい名前の表面ばかりに捉われず、「世界遺産に登録される理由」というものに目を向けたいなぁと、ふと思いました。
「世界の中でも特に限られた、非常に貴重な遺産」として世界中から認められるかもしれない飛鳥・藤原の地域、そして既に認められている古都奈良の文化財、法隆寺周辺、紀伊山地を含む、全国の多くの地域。
今回は「奈良がどうのこうの〜〜」ではなく、ただただ素直に、日本という場所はすごいなぁと思いました。
こういう文化を育んだ日本がすごい。日本人がすごい。
いつもよりも格段に増した思考回路の飛躍をもって、このエントリを締め括りたいと思います。
なんて締め方だ。
関連リンク
・明日香村サイト (明日香村にしかできない素晴らしいデザイン。オシャレ!)
――「世界遺産登録への提案」の詳細は、こちら。
ページ内には政府に提出した提案書(pdf)もあります
「飛鳥・藤原」世界遺産に (asahi.com / 06.11.23)世界遺産に登録までの簡単な流れは、こんな感じです。
県教委は、ユネスコの世界遺産の新たな候補地として、明日香村、橿原市、桜井市に広がる飛鳥・藤原地域の遺跡群を今月中に文化庁に提案する方針を固めた。
(略)
2010年以降の登録を目指すが、橿原市の藤原宮跡(特別史跡)周辺の規制や住民合意などの課題があり、曲折も予想される。
- 【政府 / 国内公募】 「世界遺産認定に向けての推薦をしてほしい場所はありますかー?」
- 【該当地域 / 提案】(現時点) 「うちとこは世界遺産になるだけの魅力がありますよ!」
- 【政府 / 国内選定】 「どれを世界遺産に推薦する?」
- 【政府 / 世界遺産委員会へ提出】 「うちの国からはここを推します」
- 【世界遺産委員会 / 現地調査】 「世界遺産になるだけのものがあるか調べますねー」
- 【世界遺産委員会 / 選定】 「よし、じゃあこんな辺りでいかがでしょう」
- 【決定】 「世界遺産になったよ!」
先はまだまだ長いです。でも、実現すれば素敵だなぁと思います。
呼称は「飛鳥・藤原――古代日本の宮都と遺跡群(仮称)」。
推薦場所は、高松塚古墳、キトラ古墳、石舞台古墳、藤原宮跡、大和三山、山田寺跡、明日香村にある史跡たち(飛鳥寺跡、橘寺など)。
政府に提出する提案書にはこんなことが書かれています。
飛鳥時代は、我が国初の歌謡を集めた万葉集、初めての歴史書・正史にあたる「古事記」・「日本書紀」の編纂がされた時期でもあり、飛鳥・白鳳文化として花開き、次の「古都奈良」を中心とした天平文化へと受け継がれ、昇華する。このように、「飛鳥・藤原」の地は古代日本の首都であり、現在に至る我々の生活習慣の礎となっている。世界遺産登録地の頻発、そしてそれを大々的に観光に利用するのは、個人的には望まないのが正直なところです。
「世界遺産」という仰々しい名前の表面ばかりに捉われず、「世界遺産に登録される理由」というものに目を向けたいなぁと、ふと思いました。
「世界の中でも特に限られた、非常に貴重な遺産」として世界中から認められるかもしれない飛鳥・藤原の地域、そして既に認められている古都奈良の文化財、法隆寺周辺、紀伊山地を含む、全国の多くの地域。
今回は「奈良がどうのこうの〜〜」ではなく、ただただ素直に、日本という場所はすごいなぁと思いました。
こういう文化を育んだ日本がすごい。日本人がすごい。
いつもよりも格段に増した思考回路の飛躍をもって、このエントリを締め括りたいと思います。
なんて締め方だ。
関連リンク
・明日香村サイト (明日香村にしかできない素晴らしいデザイン。オシャレ!)
――「世界遺産登録への提案」の詳細は、こちら。
ページ内には政府に提出した提案書(pdf)もあります





