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by Yue | 2008-08-20 | | top
昨日更新した「奈良全般 :: 正倉院展密着24時」のエントリを、本日改めて更新しました。
昨日のデータ(日曜)に加えて今日のデータ(月曜)も書き足したので、平日の正倉院展の様子を探る目安にしてみてください。
しっかし、2日間のデータを見てみると何とも一貫性が無いと申しますか、人の行動というのは測定困難なものなんだなぁと思いました。
こんなところで新発見。……か?
昨日のデータ(日曜)に加えて今日のデータ(月曜)も書き足したので、平日の正倉院展の様子を探る目安にしてみてください。
しっかし、2日間のデータを見てみると何とも一貫性が無いと申しますか、人の行動というのは測定困難なものなんだなぁと思いました。
こんなところで新発見。……か?
正倉院展の混雑具合はどんなもんだろうと思い、YOMIURI ONLINEの正倉院展特設ページ「天平の煌めき」でのリアルタイム混雑情報(1時間毎の更新)を、日・月曜の2日間に渡って追ってみました。
以下、その結果です。
今後の目安にしていただければと思います。
書き方の例:
時間帯 / 入場までの待ち時間 / 館内の混雑状況
【10月29日(日)――正倉院展会期中初めての日曜日】
9時 / 90分 / やや混雑 ――更新開始
10時 / 90分 / 大変混雑
11時 / 90分 / 大変混雑
12時 / 45分 / 大変混雑
13時 / 45分 / 大変混雑
14時 / 60分 / 大変混雑
15時 / 60分 / 大変混雑
16時 / 15分 / やや混雑 ――更新終了
【10月30日(月)――正倉院展開始から7日目】
9時 / - / - ――更新なし
10時 / 0分 / やや混雑 ――更新開始
11時 / 45分 / 大変混雑
11時30分 / 90分 / 大変混雑 ――臨時更新?
12時 / 90分 / 大変混雑
13時 / 15分 / 大変混雑
14時 / 15分 / やや混雑
15時 / 0分 / やや混雑
16時 / 0分 / 快適 ――更新終了
私が初日に行った時もこのリアルタイム情報で混雑状況を確認したのですが、その時は確か「比較的快適に見れる」旨のことが表記されていた記憶があります。
ですので、混雑情報は3段階かそれ以上に分けられているということになりますね。
2日間のデータを比べると、夕方以外は混み具合が不安定で予測し辛い状況のような気が……。
関連リンク
・天平の煌めき (YOMIURI ONLINE内)
関連エントリ
・奈良話題 :: 06年度正倉院展詳細 (06.10.24)
・奈良散歩 :: 先取り正倉院展 (06.10.24)
以下、その結果です。
今後の目安にしていただければと思います。
書き方の例:
時間帯 / 入場までの待ち時間 / 館内の混雑状況
【10月29日(日)――正倉院展会期中初めての日曜日】
9時 / 90分 / やや混雑 ――更新開始
10時 / 90分 / 大変混雑
11時 / 90分 / 大変混雑
12時 / 45分 / 大変混雑
13時 / 45分 / 大変混雑
14時 / 60分 / 大変混雑
15時 / 60分 / 大変混雑
16時 / 15分 / やや混雑 ――更新終了
【10月30日(月)――正倉院展開始から7日目】
9時 / - / - ――更新なし
10時 / 0分 / やや混雑 ――更新開始
11時 / 45分 / 大変混雑
11時30分 / 90分 / 大変混雑 ――臨時更新?
12時 / 90分 / 大変混雑
13時 / 15分 / 大変混雑
14時 / 15分 / やや混雑
15時 / 0分 / やや混雑
16時 / 0分 / 快適 ――更新終了
私が初日に行った時もこのリアルタイム情報で混雑状況を確認したのですが、その時は確か「比較的快適に見れる」旨のことが表記されていた記憶があります。
ですので、混雑情報は3段階かそれ以上に分けられているということになりますね。
2日間のデータを比べると、夕方以外は混み具合が不安定で予測し辛い状況のような気が……。
関連リンク
・天平の煌めき (YOMIURI ONLINE内)
関連エントリ
・奈良話題 :: 06年度正倉院展詳細 (06.10.24)
・奈良散歩 :: 先取り正倉院展 (06.10.24)
「正倉院展号」という新幹線が登場したようです。
正倉院もついに新幹線の名前になりましたか……。時代の進化もすごいもんです(笑)
さて、ふと思い立って正倉院展向けのツアーというものを調べてみたところ、色々とありました。
気軽な日帰りプランをちょろっと紹介。
強いのはやっぱり、スポンサーをしてる読売新聞やJR東海などのようですが(笑)
関連リンク (全てトップページへのリンク)
・JR東海ツアーズ
・読売旅行
・JTB
「正倉院展」へ新幹線特別列車、1000人が乗車 (YOMIURI ONLINE / 06.10.28)ソースが一手しかないので判別しにくいですが、この書き方だと「今日限定」ということになるんでしょうか。
奈良国立博物館(奈良市)で開催中の「第58回正倉院展」(同館主催、読売新聞社など協力)に合わせ、ジェイアール東海ツアーズは28日、関東からの見学者専用の新幹線特別列車「正倉院展号」(16両)を東京―新大阪間で運行した。
正倉院展で特別列車が走るのは初めて。約1000人が天平の至宝との対面を心待ちにしながら乗車した。
正倉院もついに新幹線の名前になりましたか……。時代の進化もすごいもんです(笑)
さて、ふと思い立って正倉院展向けのツアーというものを調べてみたところ、色々とありました。
気軽な日帰りプランをちょろっと紹介。
- JR東海ツアーズ / 日帰り1day奈良 正倉院展スペシャル (上から6つ目のパンフレット)
- 読売旅行 / 正倉院展鑑賞ツアー (出発地域によっては1泊の場合あり)
強いのはやっぱり、スポンサーをしてる読売新聞やJR東海などのようですが(笑)
関連リンク (全てトップページへのリンク)
・JR東海ツアーズ
・読売旅行
・JTB
定規片手に勝手に感激 [2006.10.26 - 正倉院展]
緊張しながらも失礼いたします。
本日皇太子ご夫妻が正倉院展をご覧になったという話題がweb上でも上がり始めました。
綺麗な赤(紅?)で見た感じのインパクトも強かった象牙の定規なのですが、これに因んだお土産がすごく可愛くて買ったのです。
30cm定規です。もちろん象牙製。ではなくてプラスチック製。

バックに映っているのは図録の中の「紅牙撥鏤尺」説明ページです。
右側の赤いものがプラスチック製、左側が象牙製。
見た感じは同じなのに重みが違うのが悔しい……!(笑)
いやいやウソです(笑)、お気に入りのお土産です。
ちなみにこの定規をじっくり見てみると「ん?鹿?」と思うような絵が描かれています。

本物を目の前に「鹿っぽいなぁ。奈良っぽいなぁ」と勝手に悦に入っていたのですが、帰って図録で調べてみると本当に「鹿(角が花形らしい)」と表記されていたので、わぁ!と思いました。
鹿を見つけるだけで勝手に舞い上がる自分の奈良県民度に万歳(と張り手)。
ちなみにこの「紅牙撥鏤尺」、お土産の中でも一押しなのか、定規(しつこいほどに「プラスチック製」)以外にもファイルやしおりなど、色んな商品になってました。 (定規も2パターンぐらいデザインがあった気が。)
もう全部欲しくなってしまうのが魔力ですね。
もしかして私、1300年前の人たちの手のひらの上で踊らされてるんでしょうか……(笑)
本日皇太子ご夫妻が正倉院展をご覧になったという話題がweb上でも上がり始めました。
皇太子ご夫妻、正倉院展を視察 (YOMIURI ONLINE / 06.10.26)私が勝手に「おぉ!」と思ったのは、この「紅牙撥鏤尺」という宝物。
雅子さまは終始笑顔で、湯山賢一館長らの説明に熱心に耳を傾け、象牙を赤く染めた「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」の前では「きれいですね」と話されていた。
綺麗な赤(紅?)で見た感じのインパクトも強かった象牙の定規なのですが、これに因んだお土産がすごく可愛くて買ったのです。
30cm定規です。もちろん象牙製。ではなくてプラスチック製。

バックに映っているのは図録の中の「紅牙撥鏤尺」説明ページです。
右側の赤いものがプラスチック製、左側が象牙製。
見た感じは同じなのに重みが違うのが悔しい……!(笑)
いやいやウソです(笑)、お気に入りのお土産です。
ちなみにこの定規をじっくり見てみると「ん?鹿?」と思うような絵が描かれています。

本物を目の前に「鹿っぽいなぁ。奈良っぽいなぁ」と勝手に悦に入っていたのですが、帰って図録で調べてみると本当に「鹿(角が花形らしい)」と表記されていたので、わぁ!と思いました。
鹿を見つけるだけで勝手に舞い上がる自分の奈良県民度に万歳(と張り手)。
ちなみにこの「紅牙撥鏤尺」、お土産の中でも一押しなのか、定規(しつこいほどに「プラスチック製」)以外にもファイルやしおりなど、色んな商品になってました。 (定規も2パターンぐらいデザインがあった気が。)
もう全部欲しくなってしまうのが魔力ですね。
もしかして私、1300年前の人たちの手のひらの上で踊らされてるんでしょうか……(笑)
本日から始まりました正倉院展。
明後日には皇太子ご夫妻がいらっしゃることが発表されました正倉院展。
幸運なことに本日初日に行くことができました。

平日ということもあり、その上初日ゆえにマスコミでまだ取り上げられていないということもあり、めちゃ混みではありませんでした。
入る時も並ぶことなく普通に入れたし、中でもさほどの混雑はナシ。
そうは言ってもそりゃぁかなりの人がいらっしゃってましたから、人だかりのない展示を選んでうまい具合に見ていかなければなりませんでしたけれども、全体的に見ればやっぱり「空いてた」と言えるんだと思います。
感想は一言、すごいですね。
もうこれ以外言い様がないので、万感の思いをこめて「すごいですね」。
入り口でもらった出展宝物リストに、ほとんどの宝物の一言感想をその場でメモっていきました。
椅子に座ったり立ったままだったりしながらも汚い字で書いていったおかげで、今でもほとんどの宝物が頭の中で鮮やかに蘇ります。
いやーこういう楽しみ方いいなぁと一人にんまり自己満足。
リストに書いたのはパッと見た感じの率直な感想なので、迷文もあります。
「ミニマージャン台!(←マージャン台じゃない)」とか「厚さ数mmの靴べら!(←靴べらじゃない)」とか、「リンゴの上に建つ六重塔(←リンゴじゃない)」とか。
こういうものほどインパクトが強いのですごく思い出しやすかったりします。
しっかし「マージャン台」って私。センスの無さ最高潮。
以下、個人的に感激したものを数点挙げていこうと思います。
馬鞍 (出品No.21付近)
出品物の中ではかなり地味な存在であろう皮革モノ。
でも、じっくり見てみると「手縫い」の感じが垣間見えたりして、他の宝物に比べてすごく「庶民的」というか、「人間的」な部分があるなぁと思いました。
いい意味で無機質な感じの宝物が多い中、こういう皮革モノの中に「人間っぽさ」を感じ取れたので、他の宝物を見る視点も一味変わった気がします。
皮革モノに感謝!
白石火舎 (出品No.33) (国立博物館の正倉院ページトップ画像がこれ。エントリ下部参照)
「大理石の香炉」ということなのだけれど、「脚」の部分がすごく気に入りました。
5頭の獅子が立ってるのです!2本足でピーンと立って、香炉本体に噛り付いてるのです!
尻尾もまたピーンとなっててすごいのです!
かわいい!
こんな時に「かわいい」としか表現方法が無い自分のボキャ貧に喝を入れたい気分ですが、でも本当にかわゆかったです。
……ちなみに、リストに書いた一言感想の中では「かわいい!」の文字が何度も出てきてます。獅子がみんなかわいかった……。
続修正正倉院古文書第11巻 (出品No.61)
文字をじっくり見てるとふと気づく、いつの時代も変わらない感じ。
これは「計帳(名簿みたいなもの)」なのですが、人の区別の仕方が面白いのです。
「右頬黒子」とか「左眉黒子」とか、ホクロで特徴づけされてる人が妙に多かったり(笑)
私の中の「奈良時代」は、鎌倉以降の時代に比べると想像しにくいと言うか、ちょっと神話的な世界が入りかけてたりします。
「実際に大勢の人が生きてたことは確かなのだけれど、その人たちの顔を生き生きと想像することができない」という表現がしっくり来るのかもしれません。
でもこの計帳の中で「右頬黒子」と書かれていたりするのを見ると、一気に距離が近づきました。
あぁ、この時代の人たちも私たちと同じ人間だったんだなぁと思ったり。
こういう些細な喜びを感じられるというのはとても幸せなことです。と自己満足。
以上、あえてちょっと地味目な宝物たちを挙げてみました。
その他の宝物もそれぞれ色んな感動を与えてくださったのだけれど(それこそもう「全ての宝物が」と言っていいほどに)、書き出すと止まらなくなるので、この辺りで。
今日買った図録を読み耽って、もう一度足を運べたらと思います。
いやー楽しい1日でした。
関連リンク
・奈良国立博物館 > 第58回正倉院展
――ページトップ、タイトル画像に使われているのが上に挙げた「白石火舎」。獅子が!足が!!尻尾が!!!
関連ニュース
・雅子さま、1年3カ月ぶり地方公務=正倉院展見学へ (Yahoo!ニュース / 06.10.24)
関連エントリ
・お知らせ :: 06年度正倉院展詳細 (06.10.24)
明後日には皇太子ご夫妻がいらっしゃることが発表されました正倉院展。
幸運なことに本日初日に行くことができました。

平日ということもあり、その上初日ゆえにマスコミでまだ取り上げられていないということもあり、めちゃ混みではありませんでした。
入る時も並ぶことなく普通に入れたし、中でもさほどの混雑はナシ。
そうは言ってもそりゃぁかなりの人がいらっしゃってましたから、人だかりのない展示を選んでうまい具合に見ていかなければなりませんでしたけれども、全体的に見ればやっぱり「空いてた」と言えるんだと思います。
感想は一言、すごいですね。
もうこれ以外言い様がないので、万感の思いをこめて「すごいですね」。
入り口でもらった出展宝物リストに、ほとんどの宝物の一言感想をその場でメモっていきました。
椅子に座ったり立ったままだったりしながらも汚い字で書いていったおかげで、今でもほとんどの宝物が頭の中で鮮やかに蘇ります。
いやーこういう楽しみ方いいなぁと一人にんまり自己満足。
リストに書いたのはパッと見た感じの率直な感想なので、迷文もあります。
「ミニマージャン台!(←マージャン台じゃない)」とか「厚さ数mmの靴べら!(←靴べらじゃない)」とか、「リンゴの上に建つ六重塔(←リンゴじゃない)」とか。
こういうものほどインパクトが強いのですごく思い出しやすかったりします。
しっかし「マージャン台」って私。センスの無さ最高潮。
以下、個人的に感激したものを数点挙げていこうと思います。
馬鞍 (出品No.21付近)
出品物の中ではかなり地味な存在であろう皮革モノ。
でも、じっくり見てみると「手縫い」の感じが垣間見えたりして、他の宝物に比べてすごく「庶民的」というか、「人間的」な部分があるなぁと思いました。
いい意味で無機質な感じの宝物が多い中、こういう皮革モノの中に「人間っぽさ」を感じ取れたので、他の宝物を見る視点も一味変わった気がします。
皮革モノに感謝!
白石火舎 (出品No.33) (国立博物館の正倉院ページトップ画像がこれ。エントリ下部参照)
「大理石の香炉」ということなのだけれど、「脚」の部分がすごく気に入りました。
5頭の獅子が立ってるのです!2本足でピーンと立って、香炉本体に噛り付いてるのです!
尻尾もまたピーンとなっててすごいのです!
かわいい!
こんな時に「かわいい」としか表現方法が無い自分のボキャ貧に喝を入れたい気分ですが、でも本当にかわゆかったです。
……ちなみに、リストに書いた一言感想の中では「かわいい!」の文字が何度も出てきてます。獅子がみんなかわいかった……。
続修正正倉院古文書第11巻 (出品No.61)
文字をじっくり見てるとふと気づく、いつの時代も変わらない感じ。
これは「計帳(名簿みたいなもの)」なのですが、人の区別の仕方が面白いのです。
「右頬黒子」とか「左眉黒子」とか、ホクロで特徴づけされてる人が妙に多かったり(笑)
私の中の「奈良時代」は、鎌倉以降の時代に比べると想像しにくいと言うか、ちょっと神話的な世界が入りかけてたりします。
「実際に大勢の人が生きてたことは確かなのだけれど、その人たちの顔を生き生きと想像することができない」という表現がしっくり来るのかもしれません。
でもこの計帳の中で「右頬黒子」と書かれていたりするのを見ると、一気に距離が近づきました。
あぁ、この時代の人たちも私たちと同じ人間だったんだなぁと思ったり。
こういう些細な喜びを感じられるというのはとても幸せなことです。と自己満足。
以上、あえてちょっと地味目な宝物たちを挙げてみました。
その他の宝物もそれぞれ色んな感動を与えてくださったのだけれど(それこそもう「全ての宝物が」と言っていいほどに)、書き出すと止まらなくなるので、この辺りで。
今日買った図録を読み耽って、もう一度足を運べたらと思います。
いやー楽しい1日でした。
関連リンク
・奈良国立博物館 > 第58回正倉院展
――ページトップ、タイトル画像に使われているのが上に挙げた「白石火舎」。獅子が!足が!!尻尾が!!!
関連ニュース
・雅子さま、1年3カ月ぶり地方公務=正倉院展見学へ (Yahoo!ニュース / 06.10.24)
関連エントリ
・お知らせ :: 06年度正倉院展詳細 (06.10.24)
06年度正倉院展詳細 [2006.10.24 - 正倉院展]
2006年度 第58回正倉院展 詳細

正倉院展とは
毎年10月下旬から11月上旬にかけて行われる大展示会。最近の奈良の一大風物詩となりつつある。
展示されるのは全て東大寺正倉院(つまりは「正倉院」)の内部で保管されていた宝物(ほうもつ)。
これらは世界的に見ても稀なほどに保存状態が良いため、「歴史的宝物」ではなく「芸術作品」として見ることすらできるものも多い。
なりきり奈良時代人になれること間違いナシ!と勝手に言ってみます。
正倉院展の公式情報サイト
・会場、奈良国立博物館サイト内の特設ページ「第58回 正倉院展」
http://www.narahaku.go.jp/exhib/2006toku/shosoin/shosoin-1.htm
・スポンサー、読売新聞サイトYOMIURI ONLINE内の特設ページ「天平の煌めき 第58回正倉院展」
http://osaka.yomiuri.co.jp/shosoin/
・上記読売新聞サイト「天平の煌めき」の携帯版
http://mik2005.jp/czt/cztp.php
(※パソコンでは別ページが表示されるので意図的にリンクしていません。
携帯ではサイトがきちんと表示されることをimodeで確認しました)
06年度正倉院展詳細
【会期】06年10月24日(火)〜11月12日(日)
【場所】奈良国立博物館 (近鉄奈良駅から東に徒歩15分ほど。東大寺に行く手前)
【開館時間】午前9時〜午後6時(入館は閉館30分前まで可能)、金曜日は午後7時に閉館
【入場料】一般1000円(前売り900円)、その他学生・団体割引等あり
06年正倉院展の注目ポイント
・正倉院と馴染みが深い聖武天皇が崩御してから1250年という節目の年のため、同天皇にまつわる宝物が多数展示されている
・皮革製品の宝物調査が終了したため、その関連の宝物が多数展示されている
混雑情報
・会期中の基本的な混雑の目安 (奈良国立博物館サイト > 混雑状況の目安)
・1時間ごとにリアルタイムで更新される混雑情報 (YOMIURI ONLINEサイト > 「天平の煌めき」ページ上部「館内状況」)
――携帯サイト(http://mik2005.jp/czt/cztp.php)でも混雑情報の確認ができます
混雑情報・オマケ
10月29日(日)の1日の混雑状況を「天平の煌めき」のリアルタイム情報で追ってみました。今後の参考にしていただければと思います。
奈良全般 :: 正倉院展密着24時 (06.10.29)

正倉院展とは
毎年10月下旬から11月上旬にかけて行われる大展示会。最近の奈良の一大風物詩となりつつある。
展示されるのは全て東大寺正倉院(つまりは「正倉院」)の内部で保管されていた宝物(ほうもつ)。
これらは世界的に見ても稀なほどに保存状態が良いため、「歴史的宝物」ではなく「芸術作品」として見ることすらできるものも多い。
なりきり奈良時代人になれること間違いナシ!と勝手に言ってみます。
正倉院展の公式情報サイト
・会場、奈良国立博物館サイト内の特設ページ「第58回 正倉院展」
http://www.narahaku.go.jp/exhib/2006toku/shosoin/shosoin-1.htm
・スポンサー、読売新聞サイトYOMIURI ONLINE内の特設ページ「天平の煌めき 第58回正倉院展」
http://osaka.yomiuri.co.jp/shosoin/
・上記読売新聞サイト「天平の煌めき」の携帯版
http://mik2005.jp/czt/cztp.php
(※パソコンでは別ページが表示されるので意図的にリンクしていません。
携帯ではサイトがきちんと表示されることをimodeで確認しました)
06年度正倉院展詳細
【会期】06年10月24日(火)〜11月12日(日)
【場所】奈良国立博物館 (近鉄奈良駅から東に徒歩15分ほど。東大寺に行く手前)
【開館時間】午前9時〜午後6時(入館は閉館30分前まで可能)、金曜日は午後7時に閉館
【入場料】一般1000円(前売り900円)、その他学生・団体割引等あり
06年正倉院展の注目ポイント
・正倉院と馴染みが深い聖武天皇が崩御してから1250年という節目の年のため、同天皇にまつわる宝物が多数展示されている
・皮革製品の宝物調査が終了したため、その関連の宝物が多数展示されている
混雑情報
・会期中の基本的な混雑の目安 (奈良国立博物館サイト > 混雑状況の目安)
・1時間ごとにリアルタイムで更新される混雑情報 (YOMIURI ONLINEサイト > 「天平の煌めき」ページ上部「館内状況」)
――携帯サイト(http://mik2005.jp/czt/cztp.php)でも混雑情報の確認ができます
混雑情報・オマケ
10月29日(日)の1日の混雑状況を「天平の煌めき」のリアルタイム情報で追ってみました。今後の参考にしていただければと思います。
奈良全般 :: 正倉院展密着24時 (06.10.29)
日本最古のダム、蛙股池 [2006.10.23 - 奈良散歩]
今回はかなりマイナーな散歩エントリ。

「蛙股池」という池をご存知でしょうか。
かえるまたいけ、という妙な名前の池ではありますが、実は単なる池ではありません。
推古天皇の時代に作られ、日本書紀にも登場する、現存する日本最古のダムと言われている池です。
以下、日本書紀の該当部を引用。
607年と言うと、小野妹子が遣隋使として隋に渡った年。そして法隆寺が建立された年でもあります。
濃い年ですねー!
実際に「蛙股池」に行ってみると、綺麗に完備されているし、何か看板が立っているわけでもないし、「日本最古!」というような名残は全くありません。
でも池にかかっている橋から眺める景色は抜群。(上の写真がそれ)
正面に若草山、東大寺の屋根も見えます。
若草山、東大寺からちょうど真西ということになるんでしょう。
この立地も、ダムが造られる要因の一つになったのかな?と一人黙々と考えてます。
周りになーんにも無いのでよほどのことがない限り足を運ぶ機会はないと思いますが(笑)、こんな池もあるんだよー!という紹介でした。
場所
近鉄奈良線菖蒲池駅から南へ徒歩10分 (地図はこちら)
参考文献
・『全現代語訳 日本書紀 (下巻)』(宇治谷 孟 / ASIN: 4061588346)

「蛙股池」という池をご存知でしょうか。
かえるまたいけ、という妙な名前の池ではありますが、実は単なる池ではありません。
推古天皇の時代に作られ、日本書紀にも登場する、現存する日本最古のダムと言われている池です。
以下、日本書紀の該当部を引用。
推古天皇十五年(607)是歳冬。於倭國作高市池。藤原池。肩岡池。菅原池。ここに記されている「菅原池」というのが、「蛙股池」のことを指します。
――勝手に現代語訳
推古天皇15(607)年の冬、倭国に高市池、藤原池、肩岡池、菅原池を造った。
607年と言うと、小野妹子が遣隋使として隋に渡った年。そして法隆寺が建立された年でもあります。
濃い年ですねー!
実際に「蛙股池」に行ってみると、綺麗に完備されているし、何か看板が立っているわけでもないし、「日本最古!」というような名残は全くありません。
でも池にかかっている橋から眺める景色は抜群。(上の写真がそれ)
正面に若草山、東大寺の屋根も見えます。
若草山、東大寺からちょうど真西ということになるんでしょう。
この立地も、ダムが造られる要因の一つになったのかな?と一人黙々と考えてます。
周りになーんにも無いのでよほどのことがない限り足を運ぶ機会はないと思いますが(笑)、こんな池もあるんだよー!という紹介でした。
場所
近鉄奈良線菖蒲池駅から南へ徒歩10分 (地図はこちら)
参考文献
・『全現代語訳 日本書紀 (下巻)』(宇治谷 孟 / ASIN: 4061588346)
国家珍宝帳と種々薬帳は仲間か [2006.10.22 - 勝手に奈良学]
さて、いよいよ今週の火曜日から正倉院展が始まります。
それを前に、正倉院の宝物にまつわるこんな話題。
「国家珍宝帳」は今年の正倉院展の目玉の一つで、サイト等を通して何度か目にしたことがあります。
一方の「種々薬帳」は初めて耳にしたものなので、どんなものなのか雰囲気が掴めず。
でも名前から見て薬関係だということは分かりますね。
実際、当時使われていた様々な薬の名前等が書かれたものだそうです。
今回はその2つの筆跡が似ているということだったので、ちょっと調べてみました。
↓「国家珍宝帳」 / 奈良国立博物館サイト内「06年度正倉院展」ページの「国家珍宝帳」のサムネイル

↓「種々薬帳」 / 「よみがえれ!現代のシルクロード(制作: 奈良NPOセンター)」サイト内「外国から来たもの」ページの中央下寄り「文書・文字」のサムネイル

それぞれのサイトでで大きめの写真を見ることができます。
で、じっくり見てみると、上記で上げた写真のどちらの文書も、一番最初の一文字が「奉」で始まってるのですよね。
そこに注目してみました。
うーん、確かに似てる。ちょっと右上がりな部分や「はらい」の雰囲気が、すごく似てる。
紙の模様(ハンコ?)も同じに見える。
今回の説は「これまでにはない新説」ということなので、本当のところがどうなのかは当時の人が知るのみ、という感じでしょうか。
ちなみにこの説については「正倉院展」の図録に記載されるとのことです。
さぁ正倉院展まであと2日!
参考サイト
・奈良国立博物館
・よみがえれ!現代のシルクロード
それを前に、正倉院の宝物にまつわるこんな話題。
「正倉院宝物」国家珍宝帳・種々薬帳の著者は同一? (YOMIURI ONLINE / 06.10.21)
正倉院宝物のうち、これまで別人と考えられていた「国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)」と「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」の筆者は同一人物だとする説を、湯山賢一・奈良国立博物館長(古文書学)が打ち出した。
(略)
湯山館長は、同様の形式で天皇周辺が出した文書で、本文と位署書(※)で書き手が異なる文書は他にみられないことに注目。二つの文書の「合」の第2画など右下へ太く払う筆遣いに共通の書き癖がみられることや、双方とも同じ大きさの白麻紙(はくまし)を用いていること、同じ日付であることなどから、同一人物と判断した。
(※)独自注釈――位署書(いしょがき)とは、巻末に記される署名の部分。これまでは「種々薬帳」の位署書部のみ、「国家珍宝帳」の筆者と同じだとされてきた
「国家珍宝帳」は今年の正倉院展の目玉の一つで、サイト等を通して何度か目にしたことがあります。
一方の「種々薬帳」は初めて耳にしたものなので、どんなものなのか雰囲気が掴めず。
でも名前から見て薬関係だということは分かりますね。
実際、当時使われていた様々な薬の名前等が書かれたものだそうです。
今回はその2つの筆跡が似ているということだったので、ちょっと調べてみました。
↓「国家珍宝帳」 / 奈良国立博物館サイト内「06年度正倉院展」ページの「国家珍宝帳」のサムネイル

↓「種々薬帳」 / 「よみがえれ!現代のシルクロード(制作: 奈良NPOセンター)」サイト内「外国から来たもの」ページの中央下寄り「文書・文字」のサムネイル

それぞれのサイトでで大きめの写真を見ることができます。
で、じっくり見てみると、上記で上げた写真のどちらの文書も、一番最初の一文字が「奉」で始まってるのですよね。
そこに注目してみました。
うーん、確かに似てる。ちょっと右上がりな部分や「はらい」の雰囲気が、すごく似てる。
紙の模様(ハンコ?)も同じに見える。
今回の説は「これまでにはない新説」ということなので、本当のところがどうなのかは当時の人が知るのみ、という感じでしょうか。
ちなみにこの説については「正倉院展」の図録に記載されるとのことです。
さぁ正倉院展まであと2日!
参考サイト
・奈良国立博物館
・よみがえれ!現代のシルクロード
異国の風が吹く羽内遺跡 [2006.10.20 - 遺跡・文化財の出土、判明]
昨日、奈良の羽内(ほうち)遺跡で大規模な建物跡が見つかったと話題になりました。
これほどまでにメリハリの利いている遺跡というのは、今まで見たことがないような気がして。
発掘される遺跡っていうのは、もう大体がデコボコなイメージなのです、私の中で。
それがこの遺跡はめちゃくちゃピシッとしている感じがあって、ここまでしっかりと建物跡が判別できる遺跡も珍しいなぁと。
他に目立つのは、小型和風ミステリーサークルのような、丸い跡。
さらに、柱跡(か?)の詰め込み具合。
柱だらけのめちゃくちゃキュウキュウの建物にすら見えてくるのですが、当時は一体どんな建物が建ってたんでしょうか。
記事内では「しっかりとした造りにするため、突き固めた地面に柱を建てる朝鮮半島の技術を使っていた」と表記されてますので、こういう造りも影響して、これほどピシッとした遺跡が後世まで残ったのかもしれませんね。
まるでイギリス紳士がスーツを着こなしているようなピシッとさです。何のこっちゃ。
ちなみにこの遺跡の近所には、高松塚古墳やキトラ古墳があります。
こういう遺跡が発掘されても何ら違和感がない場所ですね。
また新しい素敵奈良が増えました!
地図
奈良県高取町役場付近(Yahoo!地図)
――羽内遺跡が高取町のどの辺りにあるのかまでは調べ切れませんでした。すみません。
朝鮮半島系の大型建物跡、奈良・羽内遺跡から出土 (YOMIURI ONLINE / 06.10.19)リンク先で写真の拡大図が見れるのですが、何やら妙な違和感があります。
奈良県高取町の羽内(ほうち)遺跡から、朝鮮半島の技法で建設された古墳時代後期(6〜7世紀前半)の大型建物跡が出土したと、同町教委が19日、発表した。
(略)
鉄のくずなども見つかったことから、専門家は鍛冶(かじ)工人ら、地元の豪族・波多氏に支配された渡来人が建設にかかわった可能性があるとみている。波多氏は、「古事記」で、大和豪族の祖・武内宿彌(たけのうちのすくね)の子9人の筆頭に記され、百済で軍事、外交面に功績を残したとされる。
これほどまでにメリハリの利いている遺跡というのは、今まで見たことがないような気がして。
発掘される遺跡っていうのは、もう大体がデコボコなイメージなのです、私の中で。
それがこの遺跡はめちゃくちゃピシッとしている感じがあって、ここまでしっかりと建物跡が判別できる遺跡も珍しいなぁと。
他に目立つのは、小型和風ミステリーサークルのような、丸い跡。
さらに、柱跡(か?)の詰め込み具合。
柱だらけのめちゃくちゃキュウキュウの建物にすら見えてくるのですが、当時は一体どんな建物が建ってたんでしょうか。
記事内では「しっかりとした造りにするため、突き固めた地面に柱を建てる朝鮮半島の技術を使っていた」と表記されてますので、こういう造りも影響して、これほどピシッとした遺跡が後世まで残ったのかもしれませんね。
まるでイギリス紳士がスーツを着こなしているようなピシッとさです。何のこっちゃ。
ちなみにこの遺跡の近所には、高松塚古墳やキトラ古墳があります。
こういう遺跡が発掘されても何ら違和感がない場所ですね。
また新しい素敵奈良が増えました!
地図
奈良県高取町役場付近(Yahoo!地図)
――羽内遺跡が高取町のどの辺りにあるのかまでは調べ切れませんでした。すみません。
東大・京大に入りやすい都道府県ランキング [2006.10.18 - オモシロ奈良]
1つ前のエントリと同じく(#)、これまた本日の朝刊より。
プレジデント社発行の「プレジデントFamily」の新聞広告にて、こんなことが書かれていました。
本誌の内容はまだ見ていないので、どういう基準の下でのランキングなのかは不明。
ですが、とにかくまぁ奈良はトップレベルの大学に「入りやすい都道府県」だそうです。
「入りやすい」と言われると、とりあえず奈良に来れば受かりそうなイメージも湧きますね(笑)
「そんなことないよ!」と、私はこの身をもって断言しておきます。結局は本人の努力です。何だこのエントリは。
でも奈良は家計に占める教育費の割合や大学進学率が全国トップレベルだったりするので、実際勉強熱心のようです。
(書き方でヒシヒシと伝わってくる、見事な他人事っぷり)
しかし、ランキング上位3位が全て近畿圏だというのも面白いですね。関西人は意外と勉強熱心?
関連リンク
・『プレジデント Family』vol.1
関連エントリ
・奈良ネタ :: 奈良の○倒れ (05.05.17) ――教育費の割合云々エントリ
・奈良ネタ :: 数字で見る奈良 (06.10.18)
プレジデント社発行の「プレジデントFamily」の新聞広告にて、こんなことが書かれていました。
発表!東大・京大に入りやすい都道府県ランキングということで、奈良県が栄えある1位に。
1位奈良県、2位京都府、3位兵庫県……
本誌の内容はまだ見ていないので、どういう基準の下でのランキングなのかは不明。
ですが、とにかくまぁ奈良はトップレベルの大学に「入りやすい都道府県」だそうです。
「入りやすい」と言われると、とりあえず奈良に来れば受かりそうなイメージも湧きますね(笑)
「そんなことないよ!」と、私はこの身をもって断言しておきます。結局は本人の努力です。何だこのエントリは。
でも奈良は家計に占める教育費の割合や大学進学率が全国トップレベルだったりするので、実際勉強熱心のようです。
(書き方でヒシヒシと伝わってくる、見事な他人事っぷり)
しかし、ランキング上位3位が全て近畿圏だというのも面白いですね。関西人は意外と勉強熱心?
関連リンク
・『プレジデント Family』vol.1
関連エントリ
・奈良ネタ :: 奈良の○倒れ (05.05.17) ――教育費の割合云々エントリ
・奈良ネタ :: 数字で見る奈良 (06.10.18)
本日の新聞広告(地元活性化広告?)より。
看護師数、全国平均が897.7人という中で県内では763.2人というのは、少しきつい気がします。
それから献血率。奈良で献血してますっけ?と思うほどに、街中で献血車(?)を見ることが少ないのですが。
もともと奈良県民は献血嫌いなのでしょうか……(笑)?
輝かしい1位の座をゲットしたのは、靴下、いや、ソックスと、新聞発行部数。
くつし、、、ソックスについては初めて知りました。
そういえば以前のエントリで「奈良はスキー靴生産量が日本一!」と書いた記憶があるのですが、ソックスも何かそういう関連でしょうか。
ソックス生産量日本一だと言っても、県内のお店でソックスの叩き売りをしてるわけでもないのだけれど。
それから新聞発行部数1位。一瞬「おぉ!」と思いましたが、これは「朝日新聞奈良版・三重版」の発行部数が全国1位ということでしょうか?
そら1位にもなるわな。奈良か三重なわけでしょう。
という冷めたツッコミは横に置いといて。
実は奈良県民は新聞大好きっ子で、1世帯あたりの新聞普及度が全国1位だったりします。
つまり、複数紙を同時に取り寄せている家が多いということですね。うちも2紙と契約してます。
全国平均が1.04の中で、奈良県は1.40。
奈良県民は新聞好き!
ということで、オモシロ奈良県でした。
参考サイト
・日本新聞協会サイト内「日刊紙の都道府県別発行部数と普及度」
――ページ下方に全国データあり
関連エントリ
・奈良ネタ :: 奈良の日本一・日本初 (05.05.21)
――スキー靴生産量日本一
全国から見た数字の奈良県 平成18年度以下、データを羅列していきましょう。
10月18日は『統計の日』。
資料/奈良県総務部統計課編 1000の資料からみた奈良県勢 より
企画・制作/奈良通信社 朝日エリア・アド
- ……例:項目[注釈] / 奈良の順位・数値 (全国平均)
- 高等学校進学率 / 30位・97.5% (全国平均97.6%)
- 大学・短大等進学率 / 5位・54.1% (全国平均47.3%)
- 専修学校等進学率 / 27位・26.3%
- 新聞発行部数[朝日新聞奈良版・三重版] / 1位・186.869部
- 製造品出荷金額 ソックス / 1位・33.326<単位-百万円>
- 下水道普及率 / 14位・66.4% (全国平均68.1%)
- 看護師数[人口10万人当たり] / 41位・763.2人 (全国平均897.7人)
- 出生率[人口千人当たり] / 33位・8.3 (全国平均8.8)
- 献血率 / 40位・3.81% (全国平均4.32%)
- 老人ホーム普及率[65歳以上人口千人あたり] / 15位・23.6人 (全国平均20.0人)
看護師数、全国平均が897.7人という中で県内では763.2人というのは、少しきつい気がします。
それから献血率。奈良で献血してますっけ?と思うほどに、街中で献血車(?)を見ることが少ないのですが。
もともと奈良県民は献血嫌いなのでしょうか……(笑)?
輝かしい1位の座をゲットしたのは、靴下、いや、ソックスと、新聞発行部数。
くつし、、、ソックスについては初めて知りました。
そういえば以前のエントリで「奈良はスキー靴生産量が日本一!」と書いた記憶があるのですが、ソックスも何かそういう関連でしょうか。
ソックス生産量日本一だと言っても、県内のお店でソックスの叩き売りをしてるわけでもないのだけれど。
それから新聞発行部数1位。一瞬「おぉ!」と思いましたが、これは「朝日新聞奈良版・三重版」の発行部数が全国1位ということでしょうか?
そら1位にもなるわな。奈良か三重なわけでしょう。
という冷めたツッコミは横に置いといて。
実は奈良県民は新聞大好きっ子で、1世帯あたりの新聞普及度が全国1位だったりします。
つまり、複数紙を同時に取り寄せている家が多いということですね。うちも2紙と契約してます。
全国平均が1.04の中で、奈良県は1.40。
奈良県民は新聞好き!
ということで、オモシロ奈良県でした。
参考サイト
・日本新聞協会サイト内「日刊紙の都道府県別発行部数と普及度」
――ページ下方に全国データあり
関連エントリ
・奈良ネタ :: 奈良の日本一・日本初 (05.05.21)
――スキー靴生産量日本一
「奈良の魅力映像BOX」開始 [2006.10.17 - 奈良ニュース]
「奈良の魅力映像BOX」というものがオープンしました。

奈良の魅力映像BOX
解説入りで、目だけではなく耳でも奈良に触れることができます。
奈良も色々と考えますねぇ。最近は本当にWebに力を入れてます。
firefoxだとどうも動作が怪しかったりデザインがずれていたり、フォントが統一されていなかったり、映像が少し古く感じる部分もあったり……と、ふと気になる部分も多少あったのですが、こういうサービスを県が行うという部分に拍手。
これからどんどん進化していって、ぜひとも「BOX」内を奈良だらけにしていただけたらと思います。
関連リンク
・奈良の魅力映像BOX (奈良県庁サイトトップ > 奈良の魅力映像BOX)

奈良の魅力映像BOX
奈良の魅力、動画で 県が配信サイトを開設 (Sankei Web / 06.10.17)「写真」ではなく、「映像」で奈良を体感してもらおうというサービス。
奈良の魅力を広く発信するため、県は16日、県内の文化遺産やイベントなどを映像などで紹介するインターネットの上での動画配信サイト「奈良の魅力映像BOX」の運用を始めた。東大寺や平城宮跡などの世界遺産のほか、「なら燈花会(とうかえ)」などの新しいイベントも紹介。県は「動画の魅力でさらに観光客を増やしたい」としている。
解説入りで、目だけではなく耳でも奈良に触れることができます。
奈良も色々と考えますねぇ。最近は本当にWebに力を入れてます。
firefoxだとどうも動作が怪しかったりデザインがずれていたり、フォントが統一されていなかったり、映像が少し古く感じる部分もあったり……と、ふと気になる部分も多少あったのですが、こういうサービスを県が行うという部分に拍手。
これからどんどん進化していって、ぜひとも「BOX」内を奈良だらけにしていただけたらと思います。
関連リンク
・奈良の魅力映像BOX (奈良県庁サイトトップ > 奈良の魅力映像BOX)
重源上人没後800年法要、始まる [2006.10.14 - 特別公開・展示・行事]
いよいよ本格的に始まりました、重源上人の800年御遠忌法要。

今日14日は「開白法要」、明日15日は「中日法要」、明後日16日は「結願法要」。
その後も最終は12月まで、色々な関連行事が続きます。
また、同じ800年御遠忌法要に合わせ、普段は年に2度しか公開されない「重源上人坐像」が、10月13日(金)〜21日(土)まで特別一般公開されています。
800年前、それより500年前にあった都を見渡していた重源さんは、一体どんな気持ちだったんだろうなぁと、ふと思います。
今の私が1500年頃の遺産を見てるのと同じ感じでしょうか。いや、もっと寂寥感が漂ってるのかな。
1500年前後と言えば、慈照寺銀閣、竜安寺の石庭、山水花鳥図。
鎌倉時代に500年前の奈良へ思いを馳せていた重源さんと、平成時代に500年前の室町期・京都を連想している私。
なるほど、重源さんが体感なさったであろう「500年」という感覚は、今私が感じたこういう感じに少しだけ似てるのかもしれません。
「重源上人坐像」特別一般公開の詳細
【期間】06年10月13日(金)〜21日(土)
【場所】東大寺俊乗堂 (大仏殿の東)
【入堂料】無料
関連リンク
・東大寺 重源上人800年御遠忌法要・関連行事 (東大寺サイトトップ > 重源上人800年御遠忌法要)

重源上人 没後800年法要 東大寺 (Yahoo!ニュース(産経新聞) / 06.10.14)9月から関連行事が始まり、今日から3日間に本行事が行われています。
鎌倉時代に東大寺(奈良市)を復興させた重源(ちょうげん)上人の没後800年をしのぶ法要が14日午前、同寺の大仏殿前で始まった。五色の幕や幡(ばん)(旗)などが飾られた壮麗な雰囲気の中、僧侶らが厳かに祈りをささげた。
今日14日は「開白法要」、明日15日は「中日法要」、明後日16日は「結願法要」。
その後も最終は12月まで、色々な関連行事が続きます。
また、同じ800年御遠忌法要に合わせ、普段は年に2度しか公開されない「重源上人坐像」が、10月13日(金)〜21日(土)まで特別一般公開されています。
800年前、それより500年前にあった都を見渡していた重源さんは、一体どんな気持ちだったんだろうなぁと、ふと思います。
今の私が1500年頃の遺産を見てるのと同じ感じでしょうか。いや、もっと寂寥感が漂ってるのかな。
1500年前後と言えば、慈照寺銀閣、竜安寺の石庭、山水花鳥図。
鎌倉時代に500年前の奈良へ思いを馳せていた重源さんと、平成時代に500年前の室町期・京都を連想している私。
なるほど、重源さんが体感なさったであろう「500年」という感覚は、今私が感じたこういう感じに少しだけ似てるのかもしれません。
「重源上人坐像」特別一般公開の詳細
【期間】06年10月13日(金)〜21日(土)
【場所】東大寺俊乗堂 (大仏殿の東)
【入堂料】無料
関連リンク
・東大寺 重源上人800年御遠忌法要・関連行事 (東大寺サイトトップ > 重源上人800年御遠忌法要)
今月2日のエントリ「ご当寺瓦」にて、お寺の名前が書かれている瓦は一体何と呼ぶのだろう、という疑問を書きました。

↑時計回りで「東大寺」と書かれている、東大寺の瓦
で、先日行ってきた西大寺食堂跡の特別公開の現場で、現地にいらっしゃった専門家の方に、恐れ多くも尋ねてみました。
すると返ってきた返事はこんな感じ。
「色々呼び名はありますけど、『文字瓦』と呼ぶのが一般的かな?でもあの瓦は奈良時代ではなくて、鎌倉時代に作られたものなんです」
さすがはサラリと答えてくださいます。やっぱりプロはすごい。
とにかく「文字瓦」という名前が分かったので、ちょっと調べてみました。
特に、前回勝手に推理した「東大寺大佛殿瓦」の謎を解明すべく、文字の並び方に注目してみました。

↑「東大寺大仏殿瓦」の文字順(勝手に)検証図。拡大図は「ご当寺瓦」のエントリにてどうぞ。
調べると色々出てきましたよー!
上の瓦と同じものは結局見つからずじまいでしたが、収穫はありました。
以下、参考資料の写真をもとに手元で再現してみました。
模様の数などの細かな部分は正確ではありませんが、雰囲気はこういう感じです。
まずは四天王寺の文字瓦。
「複子葉弁八葉蓮華文軒丸瓦」というご立派な名前があって、更にご立派にも重文指定です。

「ナニコレ?」と思う文字の並び方ですが、資料にはこんな書き方がされていました。
考古学ではこういうものも「右回り」というのでしょうか。
ここまでは調べきれませんでしたが、とにかく一目見ただけでは分かり辛い文字の並び順です。
そして真ん中に「瓦」の文字。
次は唐招提寺の文字瓦。こちらは軒丸瓦ではなく、軒平瓦です。

これも素直な文字の並び方ではありませんね。
中心から左右に振り分けられて書かれています。
ということで、勝手に結論。
どんなタイプの瓦でも、「右側→左側」を基本に文字が並んでいる!
この前の「東大寺大佛殿瓦」の文字も、単純に時計周りで書かれていなくてもおかしくない!
「瓦」という文字はどうやら本当に真ん中にあるかもしれない!
……で、結局「東大寺大佛殿瓦」の文字の並び方は不明です……。とほ……。
でもこういうところに着目するのも面白いなぁと一人感心しました。
きっかけをくださった東大寺と興福寺の瓦の皆さん、そして西大寺食堂跡でご教示くださった専門家の方、どうもありがとうございました。
参考資料
・『宇野信四郎蒐集古瓦集成』(田熊信之・天野茂 / ASIN: 4490202334)
関連エントリ
・奈良ネタ :: ご当寺瓦 (06.10.02)
・奈良散歩 :: 西大寺食堂跡が見つかる (06.10.07)

↑時計回りで「東大寺」と書かれている、東大寺の瓦
で、先日行ってきた西大寺食堂跡の特別公開の現場で、現地にいらっしゃった専門家の方に、恐れ多くも尋ねてみました。
すると返ってきた返事はこんな感じ。
「色々呼び名はありますけど、『文字瓦』と呼ぶのが一般的かな?でもあの瓦は奈良時代ではなくて、鎌倉時代に作られたものなんです」
さすがはサラリと答えてくださいます。やっぱりプロはすごい。
とにかく「文字瓦」という名前が分かったので、ちょっと調べてみました。
特に、前回勝手に推理した「東大寺大佛殿瓦」の謎を解明すべく、文字の並び方に注目してみました。

↑「東大寺大仏殿瓦」の文字順(勝手に)検証図。拡大図は「ご当寺瓦」のエントリにてどうぞ。
調べると色々出てきましたよー!
上の瓦と同じものは結局見つからずじまいでしたが、収穫はありました。
以下、参考資料の写真をもとに手元で再現してみました。
模様の数などの細かな部分は正確ではありませんが、雰囲気はこういう感じです。
まずは四天王寺の文字瓦。
「複子葉弁八葉蓮華文軒丸瓦」というご立派な名前があって、更にご立派にも重文指定です。

「ナニコレ?」と思う文字の並び方ですが、資料にはこんな書き方がされていました。
瓦を中心にして四天王寺の文字が右回りで陽刻されている」右回り。右……み、右回り……?
考古学ではこういうものも「右回り」というのでしょうか。
ここまでは調べきれませんでしたが、とにかく一目見ただけでは分かり辛い文字の並び順です。
そして真ん中に「瓦」の文字。
次は唐招提寺の文字瓦。こちらは軒丸瓦ではなく、軒平瓦です。

これも素直な文字の並び方ではありませんね。
中心から左右に振り分けられて書かれています。
ということで、勝手に結論。
どんなタイプの瓦でも、「右側→左側」を基本に文字が並んでいる!
この前の「東大寺大佛殿瓦」の文字も、単純に時計周りで書かれていなくてもおかしくない!
「瓦」という文字はどうやら本当に真ん中にあるかもしれない!
……で、結局「東大寺大佛殿瓦」の文字の並び方は不明です……。とほ……。
でもこういうところに着目するのも面白いなぁと一人感心しました。
きっかけをくださった東大寺と興福寺の瓦の皆さん、そして西大寺食堂跡でご教示くださった専門家の方、どうもありがとうございました。
参考資料
・『宇野信四郎蒐集古瓦集成』(田熊信之・天野茂 / ASIN: 4490202334)
関連エントリ
・奈良ネタ :: ご当寺瓦 (06.10.02)
・奈良散歩 :: 西大寺食堂跡が見つかる (06.10.07)
奈良県立図書情報館へ [2006.10.10 - 奈良散歩]
去年11月3日に開館し、全国初の全書庫機械化図書館として話題になった「奈良県立図書情報館」。
先日初めて行ってきました。

図書館へは新大宮駅からバス利用で15分ほど。
歩ける距離だろうと思ってバスに乗らずに行ってみると、30分弱かかりました。
佐保川を南下するだけの道だったので分かりやすくはありましたが、周りに何もないので驚き。
まぁその分静かな空気だったので、の〜んびり歩くことができましたが。
図書館は3階建てのうち、入り口が2階、1階は多目的広場ということで書架はなし。メインは2,3階でしょうか。
机が多いので、勉強目的の学生さん方だけに占領されることなく、ゆったりと使えました。(と言ってもやっぱり学生さん方が多かったですが。)
パソコンもある程度完備されていました。
館内は小綺麗でオシャレ。
わりとオープンな空間というか、窓が多いこともあって明るい。
居心地良かったです。睡魔の誘惑も相当強そうですが。
蔵書数もかなり多いようで(少なくとも市立図書館よりかは格段に多い)、色んな資料を跨ぎ見することができました。
満足。
帰り道、佐保川沿いの道からは、近くの町並みの背景に若草山が見えました。
たぶん館内からも見えるんだろうなぁ。

関連サイト
・奈良県立図書情報館
関連エントリ
・奈良話題 :: 奈良県立図書情報館、開館 (05.11.04)
先日初めて行ってきました。

図書館へは新大宮駅からバス利用で15分ほど。
歩ける距離だろうと思ってバスに乗らずに行ってみると、30分弱かかりました。
佐保川を南下するだけの道だったので分かりやすくはありましたが、周りに何もないので驚き。
まぁその分静かな空気だったので、の〜んびり歩くことができましたが。
図書館は3階建てのうち、入り口が2階、1階は多目的広場ということで書架はなし。メインは2,3階でしょうか。
机が多いので、勉強目的の学生さん方だけに占領されることなく、ゆったりと使えました。(と言ってもやっぱり学生さん方が多かったですが。)
パソコンもある程度完備されていました。
館内は小綺麗でオシャレ。
わりとオープンな空間というか、窓が多いこともあって明るい。
居心地良かったです。睡魔の誘惑も相当強そうですが。
蔵書数もかなり多いようで(少なくとも市立図書館よりかは格段に多い)、色んな資料を跨ぎ見することができました。
満足。
帰り道、佐保川沿いの道からは、近くの町並みの背景に若草山が見えました。
たぶん館内からも見えるんだろうなぁ。

関連サイト
・奈良県立図書情報館
関連エントリ
・奈良話題 :: 奈良県立図書情報館、開館 (05.11.04)
奈良満載の『サライ』感想 [2006.10.10 - 奈良本]
先日発売された『サライ』(2006/10/19号)を読んでます。

これはもう雑誌というより参考書ですね……!
めちゃくちゃ楽しいです。奈良だらけ!
以下、箇条書きで感想を。
どうしよう、内容が濃すぎて感激すぎる……(笑)
関連エントリ
・来月号のサライは奈良特集 (06.09.30)

これはもう雑誌というより参考書ですね……!
めちゃくちゃ楽しいです。奈良だらけ!
以下、箇条書きで感想を。
- 色んな人が登場してくるので、自分の知り合いの1人や2人ぐらいいるのではと思う
- 薬師寺・東大寺両長老さんのお話を感じれて、しみじみした嬉しさが込み上げてくる
- 近鉄の奈良広告(P26)が楽しい!大仏さまが2人並んでるのも楽しい!
- 大仏さまにヒゲ……!?
- 二月堂の本尊は寺僧さんでさえ見れない秘仏だというのは本当ですか!
- 法華堂の堂内写真が載ってる……!すごい!
- 法華堂の本尊の宝冠のアップも見れる……!(いっぱいの宝玉つき)
- 「動きに溢れた鎌倉彫刻に対し、天平のものは時が止まったかのようで、不思議な静けさを湛えている」。名文。
- 戒壇堂の四天王像をそれぞれじっくり眺めてると、段々可愛らしく見えてくる
- 特に増長天立像さんは、かなり驚いてる顔つき。「え!?俺!?」みたいな。
- 四天王の皆さんで4コマ漫画ができそうだと思った自分に反省。ごめんなさい。
- 多聞天立像さんが高々と掲げている右手の手首から肘にかけての布の質感が堪らなく素敵
- 「うましうるわし奈良」の広告も載ってる!
- その広告内の東大寺の屋根に見える近代的なレールに乾杯(笑)
どうしよう、内容が濃すぎて感激すぎる……(笑)
関連エントリ
・来月号のサライは奈良特集 (06.09.30)
西大寺食堂跡が見つかる [2006.10.07 - 奈良散歩]
西大寺の食堂(じきどう)跡が発見されたという話題が昨日の朝刊紙面を賑わしました。
……ん?奈良だけ(笑)?
昔の人たちはこの場所でご飯を食べてたわけですね。
さて、このエントリのカテゴリが「奈良散歩」になっている事に気づいた方、いらっしゃるでしょうか。
電車でチョチョッと行ける場所だったので、今日の特別一般公開に行ってきました。
特別公開へ足を向けるという形で遺跡を見るのは初めてだったので、今でも興奮が冷めません。いやーすごい奈良。
ということで、いつもと同じように写真でご紹介。

発掘現場の外観はこんな感じ。普通の街中にあります。
馴染みの「安全第一」の柵には「発掘調査中 立入禁止 奈文研」の文字が。(※奈文研=奈良文化財研究所)
奈良で「安全第一」の柵を見かけた場合は、「遺跡の調査かな?」とまず思いましょう。

こちらが今回公開された遺跡の全景。……いや、半景ぐらいか。
目の前に見えるこの遺跡は、「食堂院」内にある「大炊殿(おおいどの / お供え物を調理する場所)」。
実際に今回発掘されたのは、予想される「大炊殿」の半分少しらしく、未発掘(既発掘?)の遺跡は写真左側に続いているようです。
ちなみに、左奥に見える「安全第一」の看板の向こうには近鉄電車の線路が走ってます。
線路の下も遺跡が続いてるというわけですね。

写真中央、奥に向かって続いてるのは、まるでテトリスのブロックが並んでいるようにすら見える、等間隔の礎石跡。これも大炊殿の遺跡の一部です。

今回発掘調査が行われた、ほぼ西端。
左側、歩いてらっしゃる姿が見えるところが平常時の土壌ですから、どの程度掘り下げているのかが分かります。
あ、奥からは近鉄特急が走ってきてますね(笑)

こちらは骨董品のフリーマーケット……ではなく(笑)、発掘された瓦の展示です。
机左側に立ってらっしゃるのがスタッフさん、右側が来場者。
机を挟んでの熱いトークが繰り広げられてました。
わ、わた、私も恐れ多くも少し質問させていただいたのですが、すごく丁寧にご教示くださいました。ありがとうございますスタッフさん。

入場時にいただく資料もかなりしっかりしていて(A4カラーパンフレット1枚、B4資料6枚)、私にとって初めての「発掘現場特別一般公開」経験は、とても有益なものに終わったのでした。
発掘された遺跡をリアルタイムで見ていると、全身が「私今すごい経験してるよ!」と騒ぎます(笑)。
資料館などを通して整備された遺跡とは違い、露骨感が楽しい。
今回の公開はかなり盛況だったらしく(来場者800人)、それを聞いたスタッフさんも「お〜すげぇ〜!」と感心してらっしゃいました。
写真を撮った場所、何気なく歩き回った場所、ぼんやりと立って眺めていた場所、そんな全ての足元にどうやら西大寺の遺構があるらしく(こちらは既に発掘済み)、「奈良ってすご!」と一人感激しました。
いやー、今日の経験は自分史の中で光り輝く一点になりそうです。
いい経験させていただきました。ありがとう西大寺。ありがとうスタッフさん方。
【勝手に豆知識】
少し前のエントリで「田原道」跡が見つかった!という内容を書きました(下記「関連エントリ」参照)。
そこで散々登場した「藤原仲麻呂」さん、実は今回発掘調査された「西大寺」ともかかわりがあります。
仲麻呂さんが起こした「藤原仲麻呂の乱」が治まることを願って、当時の天皇が「四天王像」を造りました。
この仏像を安置する寺院として建てられたのが、西大寺なのです。
今回の「西大寺食堂」の遺跡発見と、そして滋賀県での「田原道」の遺跡発見。
言葉にならない運命的な巡り会わせに立ち会えた気がしました。
関連エントリ
・奈良話題 :: 仲麻呂の運命を左右した「田原道」が見つかる (06.10.05)
……ん?奈良だけ(笑)?
僧侶の食事の場「食堂院」、全容判明 奈良・西大寺 (06.10.6 / asahi.com)「食堂(じきどう)」というのはその名の通り、食堂(しょくどう)。「食堂院」というのは、食堂を含む食事関連の建物(食料の貯蔵場、調理場など)が立ち並ぶ地域を指します。
奈良市西大寺本町の西大寺旧境内跡を発掘していた奈良文化財研究所は5日、僧侶の食事の場だった「食堂(じきどう)院」(8世紀)の全容がわかったと発表した。大型の建物跡3棟分などを確認、奈良時代の財産目録と一致した。古代寺院の「食空間」の全体像判明は極めてまれで、東大寺に比肩しながらも早期に衰えた幻の大寺の実像を知る重要な資料となりそうだ。
昔の人たちはこの場所でご飯を食べてたわけですね。
さて、このエントリのカテゴリが「奈良散歩」になっている事に気づいた方、いらっしゃるでしょうか。
電車でチョチョッと行ける場所だったので、今日の特別一般公開に行ってきました。
特別公開へ足を向けるという形で遺跡を見るのは初めてだったので、今でも興奮が冷めません。いやーすごい奈良。
ということで、いつもと同じように写真でご紹介。

発掘現場の外観はこんな感じ。普通の街中にあります。
馴染みの「安全第一」の柵には「発掘調査中 立入禁止 奈文研」の文字が。(※奈文研=奈良文化財研究所)
奈良で「安全第一」の柵を見かけた場合は、「遺跡の調査かな?」とまず思いましょう。

こちらが今回公開された遺跡の全景。……いや、半景ぐらいか。
目の前に見えるこの遺跡は、「食堂院」内にある「大炊殿(おおいどの / お供え物を調理する場所)」。
実際に今回発掘されたのは、予想される「大炊殿」の半分少しらしく、未発掘(既発掘?)の遺跡は写真左側に続いているようです。
ちなみに、左奥に見える「安全第一」の看板の向こうには近鉄電車の線路が走ってます。
線路の下も遺跡が続いてるというわけですね。

写真中央、奥に向かって続いてるのは、まるでテトリスのブロックが並んでいるようにすら見える、等間隔の礎石跡。これも大炊殿の遺跡の一部です。

今回発掘調査が行われた、ほぼ西端。
左側、歩いてらっしゃる姿が見えるところが平常時の土壌ですから、どの程度掘り下げているのかが分かります。
あ、奥からは近鉄特急が走ってきてますね(笑)

こちらは骨董品のフリーマーケット……ではなく(笑)、発掘された瓦の展示です。
机左側に立ってらっしゃるのがスタッフさん、右側が来場者。
机を挟んでの熱いトークが繰り広げられてました。
わ、わた、私も恐れ多くも少し質問させていただいたのですが、すごく丁寧にご教示くださいました。ありがとうございますスタッフさん。

入場時にいただく資料もかなりしっかりしていて(A4カラーパンフレット1枚、B4資料6枚)、私にとって初めての「発掘現場特別一般公開」経験は、とても有益なものに終わったのでした。
発掘された遺跡をリアルタイムで見ていると、全身が「私今すごい経験してるよ!」と騒ぎます(笑)。
資料館などを通して整備された遺跡とは違い、露骨感が楽しい。
今回の公開はかなり盛況だったらしく(来場者800人)、それを聞いたスタッフさんも「お〜すげぇ〜!」と感心してらっしゃいました。
写真を撮った場所、何気なく歩き回った場所、ぼんやりと立って眺めていた場所、そんな全ての足元にどうやら西大寺の遺構があるらしく(こちらは既に発掘済み)、「奈良ってすご!」と一人感激しました。
いやー、今日の経験は自分史の中で光り輝く一点になりそうです。
いい経験させていただきました。ありがとう西大寺。ありがとうスタッフさん方。
【勝手に豆知識】
少し前のエントリで「田原道」跡が見つかった!という内容を書きました(下記「関連エントリ」参照)。
そこで散々登場した「藤原仲麻呂」さん、実は今回発掘調査された「西大寺」ともかかわりがあります。
仲麻呂さんが起こした「藤原仲麻呂の乱」が治まることを願って、当時の天皇が「四天王像」を造りました。
この仏像を安置する寺院として建てられたのが、西大寺なのです。
今回の「西大寺食堂」の遺跡発見と、そして滋賀県での「田原道」の遺跡発見。
言葉にならない運命的な巡り会わせに立ち会えた気がしました。
関連エントリ
・奈良話題 :: 仲麻呂の運命を左右した「田原道」が見つかる (06.10.05)
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」の本場、平城宮跡の大極殿には行けませんでしたが、午前中から雨だった奈良も夜には晴れてくれました。
阿倍仲麻呂さんパワーでしょうか。
ありがとう仲麻呂さん。

純粋な心が無くなって荒んだのか、餅つきウサギが見えません……(笑)
仲麻呂さんも私たちと同じように、もしかするとウサギを見て笑いながらあの歌を詠んだのかもしれませんねー。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でしウサギかも」。
うん、かわいらしい(笑)
阿倍仲麻呂さんパワーでしょうか。
ありがとう仲麻呂さん。

純粋な心が無くなって荒んだのか、餅つきウサギが見えません……(笑)
仲麻呂さんも私たちと同じように、もしかするとウサギを見て笑いながらあの歌を詠んだのかもしれませんねー。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でしウサギかも」。
うん、かわいらしい(笑)
興福寺で特別公開 [2006.10.06 - 特別公開・展示・行事]
興福寺で明後日8日から特別公開が行われます。
どの場所も人が集まっているだろうから、帰ってから「あ!ここ見てくるの忘れた!」みたいなことは無いとは思いますが、三重塔は少し離れているだけに要注意です(笑)
興福寺「国宝特別公開-2006-」詳細
【期間】2006年10月8日(日)〜11月13日(月)
【場所】興福寺北円堂、三重塔初層、国宝館、仮金堂
【料金】一般共通券1300円
参考リンク
・興福寺「国宝特別公開-2006-」 (興福寺サイトトップ > お知らせ)
仮金堂、最後の披露-8日から興福寺国宝公開 (奈良新聞 / 06.10.5)今回の特別公開で立ち入りができるようになるのは、北円堂、三重塔初層、国宝館(平常とは違う展示がある模様)、仮金堂の4ヶ所。
奈良市登大路町の興福寺で、北円堂などの仏像をいっせいに開帳する「国宝特別公開2006」が、8日から行われる。11月13日まで。仮金堂内部を4年ぶりに公開するほか、板彫り12神将像(国宝)も5年ぶりに一挙公開される。
どの場所も人が集まっているだろうから、帰ってから「あ!ここ見てくるの忘れた!」みたいなことは無いとは思いますが、三重塔は少し離れているだけに要注意です(笑)
興福寺「国宝特別公開-2006-」詳細
【期間】2006年10月8日(日)〜11月13日(月)
【場所】興福寺北円堂、三重塔初層、国宝館、仮金堂
【料金】一般共通券1300円
参考リンク
・興福寺「国宝特別公開-2006-」 (興福寺サイトトップ > お知らせ)
仲麻呂の運命を左右した「田原道」が見つかる [2006.10.05 - 奈良の外に見る奈良]
奈良とは違う場所でも奈良を感じようプロジェクト始動です。このブログの中で。
間違いなく長くなるエントリなので、一つずつ整理しましょう。落ち着け私。
まず【藤原仲麻呂】さん。
別名「恵美押勝」というお名前もお持ちのこのお方は、その名の通り、奈良時代に勢力を持っていた藤原氏の一人です。
天皇から信頼され、かなり上の立場で政権を握っていましたが、その後現れた「道鏡」という人が自分以上に天皇に寵愛され始めたのを恨み、道鏡を排除しようと挙兵します。
これが「藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱」です。
結局仲麻呂は敗れ、最期は「近江(現在の滋賀県)で殺された」との記述が様々な辞書に載っていますが、これは少し後の話。
で、上に挙げた新聞記事には、「仲麻呂を追う官軍が……」との記述があります。
つまり、乱を起こして敗れた仲麻呂が近江へ逃げようとした後を、官軍(天皇方の軍隊)が追いかけていた、ということになります。
その時通った道とされるのが、今回発見された「田原道」というわけですね。
「田原道」という単語が『続日本紀』に記されているということなので、調べてみました。
以下、『続日本紀』原文から「田原道」が出てくる前後を引用します。764年9月18日に書かれたとの記述が残っています。
現代語訳すると恐らくこういう感じのモヨウです。
うーん、語り継がれるだけある道ですね。
以上、「田原道」についてでした。
記事内で言及されているもう一つの単語「保良宮」は、後々別エントリで調べてみようと思います。
いやー勉強になった(笑)
参考リンク
・日本古代史料本文データ
――『続日本紀』の原文をダウンロードさせていただきました
続日本紀の「田原道」か、大津で大規模道路跡が出土 (YOMIURI ONLINE / 06.10.5)
大津市の関津(せきのつ)遺跡で、奈良時代から平安時代前期(8〜9世紀)にかけての大規模な道路跡が出土したと滋賀県教委が5日、発表した。
規模や位置などから、764年の藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱の際、仲麻呂を追う官軍が通ったと古代の歴史書「続日本紀(しょくにほんぎ)」に記された「田原道(たわらみち)」とみられるという。
(略)
同遺跡の北約4キロの地点には、淳仁天皇が造営した「保良宮(ほらのみや)」の推定地があり、小笠原好彦・滋賀大教授(考古学)は「保良宮の造営に伴って整備された道路の可能性がある」と推測している。
間違いなく長くなるエントリなので、一つずつ整理しましょう。落ち着け私。
まず【藤原仲麻呂】さん。
別名「恵美押勝」というお名前もお持ちのこのお方は、その名の通り、奈良時代に勢力を持っていた藤原氏の一人です。
天皇から信頼され、かなり上の立場で政権を握っていましたが、その後現れた「道鏡」という人が自分以上に天皇に寵愛され始めたのを恨み、道鏡を排除しようと挙兵します。
これが「藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱」です。
結局仲麻呂は敗れ、最期は「近江(現在の滋賀県)で殺された」との記述が様々な辞書に載っていますが、これは少し後の話。
で、上に挙げた新聞記事には、「仲麻呂を追う官軍が……」との記述があります。
つまり、乱を起こして敗れた仲麻呂が近江へ逃げようとした後を、官軍(天皇方の軍隊)が追いかけていた、ということになります。
その時通った道とされるのが、今回発見された「田原道」というわけですね。
「田原道」という単語が『続日本紀』に記されているということなので、調べてみました。
以下、『続日本紀』原文から「田原道」が出てくる前後を引用します。764年9月18日に書かれたとの記述が残っています。
山背守日下部子麻呂。衛門少尉佐伯伊多智等。直取田原道。先至近江。燒勢多橋。何をおっしゃってるのか全く分かりませんね(笑)!
現代語訳すると恐らくこういう感じのモヨウです。
戦に破れて近江へ逃げた仲麻呂を追っていた、山背守の日下部子麻呂や衛門少尉の佐伯伊多智などが、田原道を通って先に近江へ至り、勢多の橋(※)を焼いた。結局仲麻呂はこのまま近江で殺されたわけですから、この「田原道」という存在が仲麻呂、そして当時の歴史に大きな影響を与えたと表現しても、別段極端ではない気がします。
※勢多――現在は「瀬田」という表記。滋賀県大津市にある。「勢多の橋」というのは、勢多川(現「瀬田川」)にかかる橋のことを指すと思われる。
うーん、語り継がれるだけある道ですね。
以上、「田原道」についてでした。
記事内で言及されているもう一つの単語「保良宮」は、後々別エントリで調べてみようと思います。
いやー勉強になった(笑)
参考リンク
・日本古代史料本文データ
――『続日本紀』の原文をダウンロードさせていただきました
正倉院展を前に、正倉院で年に一度の「開封の儀」が行われました、という話題。
ニュースでこの様子を見かけまして、スーツ姿の人たちが1列に並んで中へと入っていく姿が厳かでした。
しかしああいう光景を見るとどうしても高松塚やキトラを彷彿してしまうのですけど、普通にスーツを着て入っていっても問題ないのですかね?
後々になって「カビ発生したー!」だとか言って騒ぐことになったりしないんでしょうか。
それともあのスーツ姿の方々は宝物と同じ空気に直接触れたりはしないんでしょうか。
別に変な目で疑っているわけではなく、ただ純粋に不思議。
と言うよりも、建物の中の構造がどんな感じなのか気になります。
私もスーツ着てあの列にコソッと入り込んで中を覗いてみたいなぁ……(笑)
関連エントリ
・正倉院 :: 06年度正倉院展 (06.09.02)
正倉院で「開封の儀」、宝物9000件を点検 (YOMIURI ONLINE / 06.10.4)
聖武天皇の遺愛品などを納める奈良市の正倉院で4日、宝庫の扉を年に1度開く「開封の儀」が行われた。
宝物は約9000件あり、12月1日の「閉封の儀」までの間、点検や防虫剤の入れ替えなどを行う。
ニュースでこの様子を見かけまして、スーツ姿の人たちが1列に並んで中へと入っていく姿が厳かでした。
しかしああいう光景を見るとどうしても高松塚やキトラを彷彿してしまうのですけど、普通にスーツを着て入っていっても問題ないのですかね?
後々になって「カビ発生したー!」だとか言って騒ぐことになったりしないんでしょうか。
それともあのスーツ姿の方々は宝物と同じ空気に直接触れたりはしないんでしょうか。
別に変な目で疑っているわけではなく、ただ純粋に不思議。
と言うよりも、建物の中の構造がどんな感じなのか気になります。
私もスーツ着てあの列にコソッと入り込んで中を覗いてみたいなぁ……(笑)
関連エントリ
・正倉院 :: 06年度正倉院展 (06.09.02)
第1回テキスト正誤表公開 [2006.10.03 - 奈良検定]
奈良検定テキストの誤植等が、9月29日付で公表されました。
対象は初版、第2刷です。
奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブック [正誤表]
計11箇所。
正直に申し上げますと、思っていたよりかは少なかったです(笑)
嬉しい誤算。
ただこれは「今のところ」であって、恐らくこれからも出てくるはず。
私たち読者も「いち監視人」になってるのだなぁと思うと、嬉しくなります。いや、少なくとも私はウキウキです。
●追記(同日): これに伴い、検定基本情報を更新しました。
・関連リンク
奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブックの正誤表について(お詫び)
対象は初版、第2刷です。
奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブック [正誤表]
計11箇所。
正直に申し上げますと、思っていたよりかは少なかったです(笑)
嬉しい誤算。
ただこれは「今のところ」であって、恐らくこれからも出てくるはず。
私たち読者も「いち監視人」になってるのだなぁと思うと、嬉しくなります。いや、少なくとも私はウキウキです。
●追記(同日): これに伴い、検定基本情報を更新しました。
・関連リンク
奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブックの正誤表について(お詫び)
唐招提寺サイトトップのFLASHに、こんな光景が出てきます↓

これを見て「わぁ!」と思った私、実は4日前に出向いた東大寺でも同じような瓦を見かけたのです。

唐招提寺の瓦と同じように、「東大寺」の文字。
ご当地(寺)瓦……(笑)?
どちらの瓦も右から左へと読んでいくようですね。
この瓦について色々と調べてみたものの、正式な名称等は分かりません。
でも、ちょっとした繋がりを見つけました。

愛知県田原市にある、「伊良湖東大寺瓦窯跡」。平安〜鎌倉期に東大寺の瓦を作っていた窯跡だそうで、ここから発掘された瓦の一つが上の写真。
うん、似てる。
上の丸い瓦に書かれているらしい「東大寺大佛殿瓦」という文字が見えるでしょうか。
私には見えません。
いや(笑)、「東大」という文字は見えるのだけれど、それ以降がどうも……。
画像に効果をつけていじったり拡大したり目を細めたり色々としてみましたが、見事なほどに分かりません。

わ、私にはもう4番以外見えなくなりました……。思い込みってすごいですね(笑)
ちなみに、文字の形跡がほとんど見当たらない中央の丸の中にも何らかの文字が書かれていたと想定できるので(私は「中央には「瓦」の文字が入るっぽい!」と勝手に想像)、そこらへんも考慮すると、もっと多くのパターンができますね。
一番最初に挙げた唐招提寺や東大寺の瓦は、見た目も新しげなので恐らく後世に作られたものだと思いますが、昔の瓦を真似てデザインされたのではないかなぁと、勝手に妄想を膨らませてます。
それにしても、「コレおもしろい!好き!」と思って適当に撮っておいた一枚がこんなところで役立つとは。ありがとう東大寺瓦(笑)
ちなみにこの瓦は東大寺二月堂の前にある堂宇(開山堂ではないと思う)で見つけました。あの建物は何だったんだろう。
参考リンク
・唐招提寺 公式サイト
・伊良湖東大寺瓦窯跡
(田原市観光ガイド > 観光スポット > 歴史・文化にふれる > 伊良湖東大寺瓦窯跡)

これを見て「わぁ!」と思った私、実は4日前に出向いた東大寺でも同じような瓦を見かけたのです。

唐招提寺の瓦と同じように、「東大寺」の文字。
ご当地(寺)瓦……(笑)?
どちらの瓦も右から左へと読んでいくようですね。
この瓦について色々と調べてみたものの、正式な名称等は分かりません。
でも、ちょっとした繋がりを見つけました。

愛知県田原市にある、「伊良湖東大寺瓦窯跡」。平安〜鎌倉期に東大寺の瓦を作っていた窯跡だそうで、ここから発掘された瓦の一つが上の写真。
うん、似てる。
上の丸い瓦に書かれているらしい「東大寺大佛殿瓦」という文字が見えるでしょうか。
私には見えません。
いや(笑)、「東大」という文字は見えるのだけれど、それ以降がどうも……。
画像に効果をつけていじったり拡大したり目を細めたり色々としてみましたが、見事なほどに分かりません。

わ、私にはもう4番以外見えなくなりました……。思い込みってすごいですね(笑)
ちなみに、文字の形跡がほとんど見当たらない中央の丸の中にも何らかの文字が書かれていたと想定できるので(私は「中央には「瓦」の文字が入るっぽい!」と勝手に想像)、そこらへんも考慮すると、もっと多くのパターンができますね。
一番最初に挙げた唐招提寺や東大寺の瓦は、見た目も新しげなので恐らく後世に作られたものだと思いますが、昔の瓦を真似てデザインされたのではないかなぁと、勝手に妄想を膨らませてます。
それにしても、「コレおもしろい!好き!」と思って適当に撮っておいた一枚がこんなところで役立つとは。ありがとう東大寺瓦(笑)
ちなみにこの瓦は東大寺二月堂の前にある堂宇(開山堂ではないと思う)で見つけました。あの建物は何だったんだろう。
参考リンク
・唐招提寺 公式サイト
・伊良湖東大寺瓦窯跡
(田原市観光ガイド > 観光スポット > 歴史・文化にふれる > 伊良湖東大寺瓦窯跡)
金堂修理特別公開 [2006.10.01 - 特別公開・展示・行事]
2010年に向けて「ただ今修理中!」の唐招提寺金堂が、特別公開されることになりました。
期間は11月3日(金)〜5日(日)。
サイトには
と書かれているので、これは絶対行かなくては!生きてるうちにもう二度とお目にかかれない……!と息巻き中です。
で、今頭の中で懸命に考えています。
初日、祝日の金曜か。それとも3連休の中日、土曜か。それとも千秋楽(?)、日曜か。
一体どの日が一番人手が少なくて落ち着いて見ることができるのか、本気で悩みます。
……どの日もどっこいどっこいか……(笑)?
「唐招提寺金堂平成大修理 現場見学会開催」の詳細
・日程: 06年11月3日(金)、4日(土)、5日(日)
・時間: 9時から16時半
・予約等は必要なし
その他詳細は下記リンクからどうぞ
関連リンク
・唐招提寺サイト > お知らせ > 9月28日分の更新
期間は11月3日(金)〜5日(日)。
サイトには
数百年に一度の大修理の進捗状況をご覧いただける絶好の機会です。
と書かれているので、これは絶対行かなくては!生きてるうちにもう二度とお目にかかれない……!と息巻き中です。
で、今頭の中で懸命に考えています。
初日、祝日の金曜か。それとも3連休の中日、土曜か。それとも千秋楽(?)、日曜か。
一体どの日が一番人手が少なくて落ち着いて見ることができるのか、本気で悩みます。
……どの日もどっこいどっこいか……(笑)?
「唐招提寺金堂平成大修理 現場見学会開催」の詳細
・日程: 06年11月3日(金)、4日(土)、5日(日)
・時間: 9時から16時半
・予約等は必要なし
その他詳細は下記リンクからどうぞ
関連リンク
・唐招提寺サイト > お知らせ > 9月28日分の更新
唐招提寺サイトオープン [2006.10.01 - 奈良ニュース]
Web上にはまだ記事が上がってないようですが、唐招提寺のサイトが開設されたという話題が今朝の朝刊にありました。

唐招提寺公式サイト
昨日オープンしたばかりなのですね。
全体的に洗練されたデザインのサイトで、目を引きます。
コンテンツの充実っぷりもお見事。
特に動画を拝見しましたが、アーティストのライブDVDの舞台裏を見ているような錯覚に陥りました。
すごい。間近で見れる感じがすごい。無駄な音が一切入ってないのが臨場感を掻き立ててすごい。
金堂修理の動画には2001年との表記のものもありましたから、この頃から映像を残してらっしゃったのですねー。
和尚さんの笑顔が印象的で、ほんわかしました。
いやはや、お見事なサイトです!
関連リンク
・唐招提寺

唐招提寺公式サイト
唐招提寺がHP開設 (06.10.1 / 朝日新聞朝刊紙面)
奈良市五条町の唐招提寺(松浦俊海長老)は30日、ホームページ(http://www.toshodaiji.jp)を開いた。
開設は昨年6月に就任した松浦長老の念願で、主な法要や金堂解体修理を動画で紹介しているのが特徴だ。
(略)
昨日オープンしたばかりなのですね。
全体的に洗練されたデザインのサイトで、目を引きます。
コンテンツの充実っぷりもお見事。
特に動画を拝見しましたが、アーティストのライブDVDの舞台裏を見ているような錯覚に陥りました。
すごい。間近で見れる感じがすごい。無駄な音が一切入ってないのが臨場感を掻き立ててすごい。
金堂修理の動画には2001年との表記のものもありましたから、この頃から映像を残してらっしゃったのですねー。
和尚さんの笑顔が印象的で、ほんわかしました。
いやはや、お見事なサイトです!
関連リンク
・唐招提寺



