下のエントリで鹿の話題を書いていてふと思い出しました。
2年ほど前に奈良公園に行った時、アルビノの小鹿ちゃんにお会いしたので写真を撮らせていただいたのでした。

言うまでもなく、手前の黒っぽいお方が一般的な鹿で、写真中央の白っぽい子がアルビノの鹿です。
この子よりも前に一度大人のアルビノ鹿に会ったことがあって、立派なツノを持った神秘的な姿にとてもとても感動したのだけれど、その後亡くなったということを地元の方からお聞きしました。下の写真がそのアルビノさん。の後姿。

アルビノの鹿はただでさえ他の鹿から苛められやすいようでして、その上人間からも追い掛け回されたりして、ストレスが溜まりやすいのかもしれません。
上の小鹿ちゃんは今でも元気にしてるかしらと、時々ほっこり思い出します。
鹿の魔力!バンビマジック!
ずっと見守ってね―奈良公園で鹿の赤ちゃん第1号(06.5.17 / Yahoo!ニュース)

テレビのニュースでも話題になっていたので見ていたのだけれど、この鹿ちゃんを大勢のカメラマンが取り囲んでる様が映し出されてて、凄まじいアイドルっぷりだなぁと感動しました。
で、ニュース内では確かこの鹿ちゃんはまだ自力では立ち上がれないと言っていて、係員の方が鹿を立ち上がらせてい(て、その瞬間に凄まじいシャッター音がして)たので、リンク先に写ってる鹿ちゃんはまさにその瞬間を捉えた一枚ではないかと思います。
ネコぐらいの大きさだったと言っても過言でないほどかなり小さかったので、あの撮影会から以後継続的に奈良公園デビューしているかどうかは不明です。
いや、たぶんしてないと思います。
これから鹿の出産シーズンなので、出産前の母鹿を怒らせて蹴り飛ばされたり、赤ちゃん鹿を追い掛け回してこれまた母鹿を怒らせて再び蹴り飛ばされたりしないよう、お気をつけください。
小鹿のかわいらしさをお伝えするエントリが最後には母鹿の強さを警告するエントリに変わってますねコレ。

山はもちろん、お寺や神社にも寄りました。いや、あんな山奥にお寺や神社があるなんて想像だにしてなかったのだけれども。

上の写真は吉野の水分神社(みくまり-じんじゃ)。名前の通り水の神様を祭っている神社で、「みくまり」が「みごもり」に転化して、子宝・安産の神社としても知られているのだとか。とりあえず女なので祈っておきました(笑)
この神社は豊臣秀頼の再建で、本居宣長(江戸時代の国学者)らも足を運んでいるそうです。本居さんはこの神社に何度も足を運び、歌も残しているのだとか。
山奥にひっそりと佇む、歴史ある神社なのでした。
それ以外にもお寺があったり桜が満開だったりと、吉野の清々しい空気を満喫できました。時間ができたら足を運びたい場所ですね、吉野。いいなぁあの空気。奈良のメイン観光スポット、奈良公園辺りとは全く雰囲気が違うので、奈良も色んな顔を持った土地なんだなぁと実感しました。
Flickrに数枚写真を載せてますので、よろしければご覧ください。
白虎、古里へ-飛鳥資料館であすから展示(奈良新聞 / 06.5.11)
明日香村阿部山のキトラ古墳(7世紀末―8世紀初め)の石室からはぎ取られた壁画「白虎」が、あす12日から、同村奥山の飛鳥資料館「キトラ古墳と発掘された壁画たち」展で一般公開される。
(中略)
入館料一般500円、大学・高校生300円、中学生以下無料。問い合わせは、同資料館、電話0744(54)3561。
一昨年に石室から剥ぎ取り、修復作業を行って、その後の公開。高松塚も含め、剥ぎ取り作業には賛否両論が飛び交っているようですが、白虎の剥ぎ取り・修復作業を行った方が「(この作業が)正しかったどうかは後世の人が決めること」とおっしゃっているのを昨日のニュースで聞いて、その言葉に感銘しました。
さて、白虎の展示の詳細は以下のとおり。想像以上に展示期間が長いので、太っ腹!と感心しました。いや、2週間少しだけれども。
キトラ古墳白虎展示詳細
- [場所]飛鳥資料館
- [日時]5月12日(金)〜5月28日(日) / 特別展として行われている「キトラ古墳と発掘された壁画たち」は4月14日(金)〜6月25日(日)まで
- [入館料]キトラ展示期間のみ特別料金、一般500円
■キトラ古墳と高松塚古墳
何となく混同してしまいがちなこの2つの古墳。
四神がいるし、石室があるし、ということで類似点が多く、“兄弟古墳”と考えてもおかしくないようです。
年代的に見ると高松塚古墳よりも古いと考えられているのだとか。
その理由はWikipedia-キトラ古墳から引用。
発見された壁画などから、キトラより後に作られた高松塚古墳ほど唐の文化的影響を色濃く残していないことから、遣唐使が日本に帰国する704年以前の7世紀末から8世紀初め頃に作られた古墳であると見られている。7世紀末から8世紀初め頃というと、奈良時代の一歩手前の飛鳥時代でしょうか。
ちなみに、比較に挙げられている高松塚古墳の年代はほぼ定まっています。こちらもWikipedia-高松塚古墳から引用。
盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期と推定されていたが、平成17年の発掘調査により、藤原京期(694年〜710年)の間だと確定された。
あぁなんか楽しいなぁ。
関連・参考リンク
・飛鳥資料館サイト(キトラ古墳壁画の写真を見れるページもあります→サイトトップ>キトラ古墳常設展示)
・Wikipedia-キトラ古墳
・Wikipedia-高松塚古墳
- もうすぐうちわまき。うちわまきの起源って何なんでしょう?
- 唐招提寺は今、金堂が解体修理の真っ最中ですよ
- 6月3日から11日にかけて、あの有名な鑑真さんの坐像が特別公開されますよ
- 6月24日から2ヶ月間ほど、北海道まで飛んで「鑑真和上展」なるものが開かれますよ
唐招提寺のうちわまき(正式名称は中興忌梵網会(ちゅうこうきぼんもうえ))が今月19日に行われることになっていて、今その準備の真っ最中のようです。
丁寧に手作り-唐招提寺でうちわまき準備(奈良新聞 / 06.5.10)
奈良市五条町の唐招提寺で、19日に行われる伝統行事「うちわまき」(中興忌梵網会=ぼんもうえ=)の準備が進んでいる。
当日は境内の鼓楼(ころう)から約500本のうちわをまき、別の1000本を先着順に配布。1本1000円で販売も行う。午後2時に法要が始まり、「うちわまき」は同4時から。
さて、この「うちわまき」、なぜ行われるようになったのかと言うと、きちんとした理由があるのです。
奈良時代、鑑真が創立したこのお寺は、南都七大寺に数えられるほどのものでしたが、平安遷都によって衰退してしまいました。
それを鎌倉時代に尽力を尽くして再興させたのが、高僧・覚盛上人。
行事が行われる5月19日というのは、覚盛上人の命日だそうです。
で、「うちわまき」にはそんな覚盛上人の逸話が絡んでいます。重要人物は、蚊。……人物ではないですねこれは。
修行中に蚊にさされている覚盛上人を見て、弟子が蚊を追い払おうとしたところ、覚盛上人は「蚊に血を与えるのも菩薩行である」と言ってたしなめたのだとか。没後、その遺徳を偲んだ覚盛上人の弟子の尼僧たちが、「ならばせめて蚊を払ううちわを使ってください」と言ってうちわを奉納し始めたのが、「うちわまき」に繋がったようです。
当日まかれるうちわはハート型。なんだかかわいらしいですねぇ。
■唐招提寺の豆知識
唐招提寺は今、メインと言っても過言でない金堂(日本最大の天平建築、天平建築の中では現存最古の金堂)が解体修理中です。この工事は平成22年まで続くそうなので、しばらくは金堂を拝めそうにないようです。
また、毎年6月6日の時期を挟み、開祖である鑑真の有名な坐像「国宝鑑真和上坐像」が公開されます。6月6日は命日なのです。平成18年の今年は6月3日(土)から同11日(日)の8日間にわたり、鑑真和上坐像や御影堂障壁画が見れるとのことです。(ソース:大和路アーカイブ「6月の秘宝・秘仏特別公開」)
さらに「また」、奈良から遥か北にある北海道で「鑑真和上展」が開かれます。会場は北海道立近代美術館で、会期は今年平成18年の6月24日(土)から8月20日(日)まで。鑑真和上坐像の他、うちわまきのエピソードで散々名前を挙げさせていただいた覚盛上人の坐像も展示されるそうです。スポンサーのTBSが特別サイトを開設しているので、詳細はそちらをご覧ください。唐招提寺についてもよくまとまっていて、なかなかよくできたサイトです。(TBSトップ>唐招提寺2010年プロジェクト)
サイト上で表示する地図の変更をしようと思います。今までYahoo!マップを使用してましたが、エントリ上に直接地図を表示した方が見やすいだろうなぁと常々思っていたため、ちず窓βを使うことにしました。
こんな感じ(先日のエントリで紹介した大仏プリンのレストラン「Season」さん付近)
エントリ内の地図をクリックすると、別窓で「ちず窓β」内のページにジャンプします。縮尺変更はそこで行ってください。
このツールは(地図クリック後の本サイト内で)東西南北に地図を移動させる時にスクロール表示ができるのが便利。他の方が登録した別の名所を眺めることも可能ですので、色々と発見があるかも。エントリ内に表示する地図の縮尺をもう少し大きめにできたら広範囲表示にできて分かりやすいのになぁと思う部分はありますが、それ以外はグーです。
もちろん奈良です。
奈良を見るのに新しい視点を与えてくれる本です。
![]() | 国銅〈上〉 帚木 蓬生 新潮社 2006-02 by G-Tools |
奈良時代、日本中から集まった大勢の人たちが命を賭けて奈良の大仏さん、もとい東大寺の盧舎那仏を造り上げる話です。
全員が好んで大仏さん造りをしていたわけではないという、今までは考えもしなかった部分を突いてくる感じ。私はとても好きになりました。
歴史的・文化的背景などの詳細は描かれてませんが、読むだけで人々の日常がぼんやりと蘇ってくる感覚がします。
今まで歴史小説をたくさん読んできたけれど、ここまで身近に感じたのは初めてだったなぁと今更気づいてみたり。それはたぶんやっぱり奈良だからなんでしょう。
この作品を読んでいると「大仏殿のない大仏さん」をすごく魅力的に感じて、昔の人と同じように私も一度「大仏殿のない、どこからでも見れる大仏さん」を拝みたいなぁと思いました。
そしてふと気づく、大仏さんのサイズのわりに、大仏殿が小さめなこと。……こんなこと言ったら怒られますかね(笑)。
大仏殿の中に座っている大仏さんも、もちろん大好きですよ。
ということで、個人的にお気に入りの逸品になったので紹介しました。
作品は上下巻、作者は「ははきぎ・ほうせい」さんです。お名前の読み方は難しかったですが、文章は読みやすかったです(なんてことを)。
興味のある方は一度本屋さんで手にとってみてはいかがでしょうか。
明かりともして大仏回り燃灯供養 奈良・東大寺(asahi.com / 06.4.30)
奈良市の東大寺で30日、寺を開いた聖武天皇(701〜756)の1250年忌が始まった。初日の夜は、大仏の原型となる塑像の完成を祝い、灯明を掲げて像の周りを巡ったとされる盧舎那仏燃灯(るしゃなぶつ・ねんとう)供養が再現された。
(中略)
東大寺では6日まで、聖武天皇1250年忌の法要や慶讃行事が続く。
聖武天皇にかかわる重要キーワードは「東大寺(建立・大仏鋳造)」「国分寺・国分尼寺(建立)」「正倉院(遺品)」辺りでしょうか。
とにかく奈良時代に大きくかかわっている人物です。(ちなみに奈良時代に在位した天皇は7人。順に元明、元正、聖武、孝謙、淳仁、称徳、光仁)
ということで、聖武天皇の基本知識を受験生ご用達の日本史B用語集から引用。この本は便利ですね!
【聖武天皇】
701〜756 在位724〜749。文武天皇の皇子、名は首(おびと)皇子。皇后は光明子。深く仏教を信じ、国分寺を造り東大寺盧舎那(るしゃな)大仏を鋳造。天平文化の黄金期を作る。遺品は正倉院に伝存。
現在行われている聖武天皇関連行事は5月6日まで。詳細は東大寺サイトに記載されていますので、興味のある方は下記リンクからどうぞ。
関連リンク
・本願聖武天皇1250年御遠忌法要 および 関連行事
(東大寺サイトトップ>聖武天皇1250年御遠忌法要日程)



