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2008-08

スポンサーサイト [2008.08.20 - ]
by Yue | 2008-08-20 | | top
 昼間パソコンで作業している時、ツールバーに出ている「2007/03/01」の文字を見て、思わず「お〜」と唸りました。
 いよいよ今日から、東大寺二月堂にてお水取り(※)が始まりました。
 (※正式には「修二会」。どっちの表記でまとめた方がいいのか、未だに悩み中。)
奈良・東大寺のお水取り始まる 暖冬の中たいまつに歓声 (asahi.com / 07.3.1)

asahi.com「お水取り」写真サムネイル

 古都に春の訪れを告げる奈良・東大寺の修二会(しゅにえ)(お水取り)が1日、本行入りした。午後7時、二月堂(国宝)の舞台に10本のたいまつが次々に登場。火の粉が欄干から降り注いで闇を照らすと、約2千人の観客から歓声がわき上がった。
 (略)
 お水取りは、752年以来途絶えたことがなく、今年は1256回目。同寺とその末寺から選ばれた練行衆(れんぎょうしゅう)(こもりの僧)11人がたいまつを道明かりに二月堂へ上り、人の世の罪深さを本尊の十一面観音にわび、平和と安寧を祈る。たいまつの火の粉は無病息災をもたらすとされる。

 写真で見るだけでも熱い様子が伝わってきます。
 お松明の存在一つで、自分の知っている景色が一変するものなんですね。
 お松明パワーはすごい。

 火の粉を浴びると無病息災になるのは有名な話。
 私たちに火の粉を浴びせてくださる二月堂のお堂も練行衆の皆さんも、修二会期間中はもちろん、今年一年無病息災でいらっしゃいますように、と、こんな場所から願っております。


 先日、「修二会は練行衆にとっての修行の場であり、単なるイベントではない」という一般の方のコメントを見かけ(新聞か雑誌だった気が)、思わず“修行”という2文字に見入ってしまいました。
 「修二会」という期間について、自分がいかに軽々しい受け取り方をしていたかを痛感し、思わず「すみませんでした」と平伏。

 改めて、関係者の皆様方、お怪我等ございませんよう、ご自愛くださいませ。
 今年も無事に修二会が終了すること、心から願っております。


関連エントリ
 ・「花ごしらえ」で花ごしらえ (07.2.24)
  ――「修二会(お水取り)」の前行で、可愛らしいツバキの造花を造る修行「花ごしらえ」の話題エントリ
 ・修二会(お水取り)紹介サイト@楽天トラベル (07.2.14)
by Yue | 2007-03-01 | 伝統行事 | trackback | comment(0) | top
「花ごしらえ」で花ごしらえ [2007.02.24 - 伝統行事]
 東大寺二月堂の修二会(=お水取り)まであと1週間をきりました。(今月は28日までなのですね!)
 昨日はその準備の一つとして、二月堂から少し離れた戒壇院にて「花ごしらえ」という作業をなさったそうです。
堂内に春添える手作りツバキ 東大寺修二会の花ごしらえ (07.2.24 / asahi.com)

「花ごしらえ」記事サムネイル(asahi.comより)

 奈良・東大寺で23日、二月堂の修二会(しゅにえ)(お水取り)を彩るツバキの造花をつくる「花ごしらえ」があった。11人の練行衆(こもりの僧)が、タラの木の芯に自然染料で和紙を染めた黄色の花心と紅白の花びらをのり付けし、手のひらに納まる小さな花を400個つくった。
 赤地に白いのりを落としたような花を境内で咲かせるツバキの「糊(のり)こぼし」を模したもので、本物のツバキの枝にさして二月堂内陣に供える。

 作られたこれらのお花は、修二会期間中に二月堂内の須弥壇(しゅみだん)を彩ったり、ご本尊にお供えされるとのこと。

 赤と白の紙が交互に並べられているその花は何ともかわいらしくて、思わず食べたくなりそうです。
 糊こぼしのツバキをイメージしてるのか。なるほど。

 糊こぼしのツバキは、地色の赤に白の斑模様が入ったような花びらをしています。
 その名の通り「普通のツバキに糊をこぼしたみたいだねー!」という感じ。食べる海苔じゃないですよもちろん。

 で、海苔こぼ……違う、糊こぼしのツバキとして有名なのが、東大寺開山堂にある木。奈良三名椿の一つです。
 そんな開山堂の目の前にある二月堂で、天下の「修二会」に使われる糊こぼしのツバキの造花が作られるわけですね。
 普段公開されていない開山堂も、こんな大きな行事で体の一部を使ってもらえて、喜んでらっしゃるのではないでしょうか。

 さて、この「花ごしらえ」。
 作業は茣蓙(ござ)の上で行うそうですが、その茣蓙から出てしまった材料は使わないというしきたりがあるのだとか。
 私が参加したら私の周りだけ「使えない材料」が散漫してそうです。不器用丸出しです。恥ずかしい……!
 いや、でも、テレビで拝見してるとさすがに練行衆の皆さんはテキパキとこなしてらっしゃいました。
 手の中で出来上がっていく糊こぼしの花はやっぱり可愛らしくて、やっぱり食べたくなりそうでした。まだ言うか。


 今日も明日も明後日も行われる、2月終わりまでの「前行」。
 そして3月に入って行われる、年に一度の大盛り上がり「本行(=修二会(=お水取り)))。

 練行衆の皆さま、お怪我やお風邪などございませんよう、お体ご自愛くださいませ。
 1256回目の今年の修二会も無事に終わること、お祈りしております。
by Yue | 2007-02-24 | 伝統行事 | trackback | comment(0) | top
 3月始めからいよいよ本格的になる、東大寺二月堂でのお水取り、もとい修二会。
 そんな修二会を色んな人に知ってもらおうと、奈良の旅館・ホテルと楽天トラベルが手を繋いで、修二会紹介ページを作ったようです。

【楽天トラベル】東大寺修二会〜春を呼ぶ東大寺のお水取り〜
修二会紹介ページ

 東大寺の庶務執事を担当してらっしゃる筒井さんのコメントもあり、お寺も協力している様子。

 修二会は大きく分けて12月〜2月までの「別火」と、3月1日〜14日までの「本行」に分かれています。
 火の粉を振りまく光景で有名なのは、3月の「本行」。
 それまでの「別火」は「本行」の下準備期間という感じで、私が今これを書いている最中も、二月堂内では色々とお忙しいのではないかと思います。

 今年も何事も無く、1256回目の修二会が無事に終わることをお祈りしております。
 関係者の皆さま、お怪我などございませんよう、応援しております。
by Yue | 2007-02-14 | 伝統行事 | trackback | comment(0) | top
おん祭にレンコン登場 [2006.12.13 - 伝統行事]
 おん祭に今年から新たなお友達が誕生しました。
 その名も、レンコン!
河内蓮根の恩返し 春日若宮に奉納行列 (Sankei Web / 06.12.12)

 幕末の故事にちなみ、大阪府門真市の特産「河内蓮根」を奈良市の春日大社若宮神社に供えるユニークな奉納行列が10日、門真市の栽培農家ら有志によって行われた。大社への“恩返し”を目的に今年初めて催された行事で、参加者は「先人の思いをよみがえらせることができた」と感無量の様子。
 (略)
 地元の伝承によると、幕末期、奈良にレンコンを売りに行った同地方の若者が盗賊に襲われたため、無事を願い、村中で金を集め春日大社に石灯籠(いしどうろう)を奉納。授かった御用提灯(ちょうちん)を持って行商に行くと、その後は襲われなくなったといい、大社の参道には「河州蓮屋中」と刻まれた石灯籠が今も残っている。

 一口に「春日大社」と言っても、こんな風に全国各地・大勢の人に色んな逸話を残しているんだなぁとしみじみ思いました。
 今回こうして春日大社とレンコンの繋がりが話題になりましたが、まだまだ知られていない繋がりもたくさんあるんでしょうね。
 こういうリンクを発見したり辿ったりするのが大好きです。
 歴史というものは驚くほどにリンクだらけで成り立っているということを最近改めて感じたので、こういう小話も、楽しくて仕方がない。
 今の私の頭の中は幕末とレンコンとレンコン商人さんでいっぱいです。

 ちなみに記事によると、春日大社に奉納され、おん祭でお供え物として使われるレンコンは「河内蓮根」と呼ばれるもので、門真市特産のレンコンだそう。
 レンコンと言えばキンピラぐらいしか思い浮かばない私ですが(おいしい!)、これからは神聖な気持ちで目を向けたいと思います。

 レンコン、そして幕末のレンコン商人さん、商人さんを取り巻く皆さん、楽しいお話を後世まで残してくれてありがとうございます。
 敬礼!


関連エントリ
 ・おん祭の歴史簡単説明 (06.12.12)
by Yue | 2006-12-13 | 伝統行事 | trackback | comment(0) | top
おん祭の歴史簡単説明 [2006.12.12 - 伝統行事]
 おん祭が近づいてきました。
 毎年、一年の締め括りに行われる、奈良で一番大きなお祭り。
 小学校が午前中だけの授業になる、子供にも嬉しいお祭り。

 去年は一番のメインどころ、17日の「お渡り式」が天候不良で中止になってしまったのでした。
 今年のお天気はどうでしょうか、と調べてみたところ、17日は何とか晴れてくれるようです。
 今年の17日は日曜日。ぜひともお渡り式を見ることができるよう、祈っております。


 さて、おん祭の簡単な歴史については、去年のエントリでちょろっと書きました。(05.11.27エントリ / おん祭準備着々)
 今回はもう少しだけ突っ込んで、かゆい所に手の届くエントリにしたいと思います。なんのこっちゃ。

 まず、おん祭を始めたとされる、【藤原忠通】さん。
 平安後期の1121年から関白となり、崇徳・近衛天皇に仕えていたお方です。
 その後崇徳さんと不和になり、有名な【保元の乱(武士が政界進出を果たすきっかけとなった乱)】が勃発。
 この乱では、後白河天皇・藤原忠通(藤原氏=摂関家) / 崇徳上皇・藤原頼長(忠道の弟)という2派閥が対立し、後白河・忠通側の勝利に。
 その結果、忠通さんは摂関家の中で大きな力を持つに至りますが、その後は出家します。
 詩歌や能書に通じ、「法性寺(ほっしょうじ)流」という流儀まで作るほどの才能をお持ちだったそう。
 (※法性寺……出家後の忠通さんの呼称。実際に忠通さんが住んでいたとされるお寺「法性寺」が、京都の東山に残っているそう。)

 おん祭が始まったのは1136年。保元の乱が起こったのは1156年。
 おん祭を始めた忠通さんは、20年後にこんな乱が起こるということを予想してらっしゃったのでしょうか。
 なんとも数奇な感じがします。

 忠通さんがおん祭を始めたきっかけというのは、春日大社のサイトで説明されていたので、そこから引用させていただこうと思います。
 長承年間には長年にわたる大雨洪水により飢饉が相次ぎ、天下に疫病が蔓延したので、時の関白藤原忠通公が万民救済の為若宮の御霊威にすがり、保延元年 (1135年)旧暦二月二十七日、現在地に大宮(本社)と同じ規模の壮麗な神殿を造営しました。若宮の御神助を願い、翌年(1136年)旧暦九月十七日、春日野に御神霊をお迎えして丁重なる祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まりです。
 ということで、おん祭は万民を救済するために始まったお祭なのでした。


 おん祭ではりんご飴ばかりに目を奪われる私ですが、こういう歴史を知っているのと知らないのでは、お祭を見る目が全く変わるのだろうなぁと思います。
 それでもやっぱり、まずはりんご飴(まだ言うか)。


関連サイト
 ・春日大社
  ――おん祭についても丁寧な説明があります

関連エントリ
 ・おん祭お渡り式中止 (05.12.20)
 ・おん祭準備着々 (05.11.27)
by Yue | 2006-12-12 | 伝統行事 | trackback | comment(2) | top
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